第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
その目に映るのは、兼続だ
だが、兼続の向こうにいる人物を思い出して登竜桜の目は閉じた
(真面目で堅物。心の内までまっすぐ…似ているな、あの男に…)
兼続と湖のかみ合わない会話を聞き流しながら、登竜桜が思い出すのは初老の武将の事だ
迷い込んだ一人の武将は不釣り合いな甲冑を身につけいた
甲冑から出ている手足からもその貧相な体つきが解った
食っても肉はほぼ無いだろうと、気まぐれに人の姿を現わした
そして、道を教えてやれば彼は酒を持って訪れた
めんどうな
そう思った登竜桜は、鬼の姿を現わし脅し追い払おうとした
だが…
「やはり貴方は、此処の土地神か」
と、ほほっと笑うのだ
そして、酒を鬼の顔の前に付きだし
「まぁまぁ、これは秘蔵の酒。助けてくれた礼をさせてほしい」
おびえた表情も、そしてその心も見られない
登竜桜は、一瞬自分の姿は恐ろしくないのだろうか?そう思ったが…
男の瞳に映るのは、見るも恐ろしい鬼の姿
この姿は、登竜桜が好きで装っている物ではある
どんなに肝の据わった武将であれど、この姿を恐ろしく思わないものはいないだろう
興味がわいた
この男に
男の名は、高梨 政盛(たかなし まさもり)
(政頼(まさより)の祖父で上杉謙信の曽祖父にあたる人物だ(余談です))
飯山城より少し離れた場所で隠居生活をしているのだと話しだした
勝手に自己紹介を始めた男は、前回のように甲冑を着ていない
以前より少し老けた気もする
聞けば、以前会った時から5年だっているのだと言うのだ
律儀というのだろうか
彼は、それを忘れずに五年たった今日此処まで来たのだから
(人間の時とは…短い物だな…)
年老いた男をどうする気も無かった登竜桜は、手を打ち彼を招いた
暗い重い気配の森から、一瞬にして現われた春の陽気
そして、登竜桜もまた姿を変えた
美しい桜色の髪をなびかせる女性の姿に
政盛は、目を丸くし驚いた
(…こやつ、鬼の姿には驚きもしなかったのに)
仕方なしに、酒に口をつければそれはもう手放せないものになった
すっきりしたのどごし、だが甘みもある
始めた飲んだ酒に、登竜桜は気分も高揚した
「お気にめされましたかな?それは某が作ったもの。またお持ちしましょう」