第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
一番最初に湖を呼んだのは白粉だった
目線が合えば、湖は白粉の側に歩む
白粉もまた腰を上げ、立ち上がれば…
少しだけ伸びた身長、お尻を隠すまで伸びた髪
頬の膨らみは童のものではなく、大人の手前のようにすっと整えられた形
じっと湖を見たあと、白粉はその身を抱きしめた
「大きくなったな…」
「うんっ」
背中に回った手の心地よさに、湖もまた白粉の背に手を回し、甘えるようにすり寄る
まるで、猫が身をすりあわすように
「かかさま、だっこは?」
「もう抱えられるような年ではあるまい」
「…そうだけど…」
少しだけ不満そうな表情は、九つの童そのままだ
ぷっと小さく、息を漏らすように白粉は笑うと…
「娘の希望であれば別だな…」
と、ひょいと湖を抱えるのだ
「わぁ・・っ」
突然上がった視界に見開かれる瞳
「私は妖。お前が大人になったとしても、お前一人くらい軽々と抱けるよ」
ふっと笑う白粉に、湖は満足そうにその首に抱きつくのだ
「かかさま、大好き」
「あぁ」
その様子を登竜桜は、微笑ましく見守りながら酒を飲んだ
下ろされた湖に次に声をかけたのは…
「湖様、ご成長おめでとうございます」
兼続だ
「兼続、湖ね。もう馬、一人で乗り降りできると思うよー。だから、帰りは自分の馬で帰るからね」
「その前に」
さっと前に出されたのは、風呂敷包みだ
兼続は顔を上げない
「…兼続、これなぁに?」
「袴でございます」
「なんで?」
「…その衣…大変お似合いでございますが…」
兼続の先の言葉を遮って、湖が喜びの声を上げる
「?!これね、うん。湖、すごく好き。動きやすいし、兄様とおそろいみたいでしょ?」
『湖は、佐助が好きだな…』
特に他意はない
登竜桜がそう言えば、佐助は口に入れたばかりの酒に咽せ、湖はうんうんと頷いてみせる
「だって、兄様。かっこいいもん」
さらにそんな事を言いながら笑うのだ
「なぁっ?!う、湖様っ。もしや、佐助殿を…!!」
『お前は、心に思ったことをままに言葉にするのだな…ならば、他も言葉にすればいいものを…』
兼続の方をみた登竜桜が、おかしそうに笑った