第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
「これ、兄さまと同じみたいね」
えへへっと嬉しそうな笑みを浮かべる湖の着物を佐助はじっと見た
湖の言ったとおりだった
まるで忍び装束のような着物だ
上衣は着物の形に変わりないが、飾りのない帯にお尻を隠すくらいの丈
そしてスパッツのような膝上までの下衣は、足の輪郭をはっきりと見せる
「…これは、馬に乗るため…ですか?」
『そうだ。この一月(ひとつき)、自分の馬に乗れずに思いが募っていたようだからな。約束も守れた褒美だ』
「ありがとー。桜さま」
背の高い登竜桜の胸に飛び込むように抱きつく湖
『あとは、お守りだな…』
再度指で額を突けば、登竜桜は続けていった
『…考えて使え』
「うん」
甘えるように自分の身をすりつけ湖は返事を返した
「…その格好、兼続さんがなんて言うか」
「兼続?なんで?」
佐助の言葉通りだ
遠くから様子を見ていた彼ら
「な、なんですか?!あの着物はっ!」
けしからんとばかりに立ち上がったのは兼続だ
(御御足が、あのように見えて…)
「お?動きやすそうだな」
「あれは…乗馬を考慮すれば、動きやすいのは確かですが…」
ひゅうっと音を鳴らす政宗に、眉をひそめた三成
背丈は、今までから比べるとずいぶん緩やかな伸びだ
体型は変わりない薄く細い肉つき
顔立ちは
(ここからでははっきり見えんな…)
謙信はただその様子を見守っていた
湖が着物を羽織ったあと、登竜桜となにやら話をしているのが解る
長い髪を耳にかけ、口元をにこやかにする湖
その仕草は
「…すっかり…湖様ですね…」
三成の小声が耳に入る
(そうだな…確かにそうだ)
自分達の見知っている湖そのものだった
三人がこちらに向かって歩き出せば、聞こえてきたのは小さな歌声
湖の声だと直ぐに解る
知らない歌
佐助は、これを産まれた時代にはやった歌だと説明する
謙信は、湖の歌う歌を聞きながら
後の世では、こんな言葉を歌に紡ぐのかと眉をひそめることもあったが…
それを湖が歌えば、音楽になって耳に届く言葉に眉をひそめることはなかった