第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
(実に…陳腐…知りたいのなら聞けば良い。知らぬなら知れば良い…だが、某の知らぬ事で貴方にそんな顔をさせたくはないと…そう思ってしまうのです)
悲痛な面持ちの白粉、その横顔を兼続はじっと見ているだけだった
登竜桜の本体、古木まで少し歩き着けば湖は目を覚まし、登竜桜の腕の中で鳴声を上げていた
『湖、そのままで居ろ。今変わっても素肌だぞ』
なぁ!
佐助でもわかる「うん!」という湖の返答
『さて…まずは、佐助からだだが…どうする?完全に戻すか?』
「いえ。懲りずに変化してみたいので…次は十九でお願いします」
『本当に物好きな…ここまで成長すれば、十九も二十七も変わらんだろうに』
古木に着くと、登竜桜は片手を古木に片手を佐助の額に当てた
「…桜様、いつもと違いますけど…なにかあるんですか?」
(本体に…?)
それは、額にあたる手とは別の手の事を指していた
佐助の思考が流れ込んでくる登竜桜は、意図を探らずとも解る
『…寝ていたと言っただろう?力の貯蓄がこっちにあるのでな』
「貯金箱みたいなものですか…」
『…佐助、我を小銭入れと一緒にするでない』
トンッ
額を指で押されれば、未だ慣れないなんとも言えない感覚だ
やがて、それはすぐに収まる
自分の手をぐっと握り、肩を回す
「少し…筋力はついてるのかな…でも、まぁ大した変わりはないですね」
『だろうな。さて、次は湖だが…今度は十二か…ずいぶん刻の調整が出来てきたな…十五にしてもいいが…なにやら、奴らが面白い事を企てているようだからな。十二に留めておいてやろう』
くつくつと笑う登竜桜
どうやら、誰かの思考が流れ込んできたのだろう
彼女にはもう「裳着」の事が伝わっているようだ
『ところで…今回、湖のとと様はどうした?』
「あ。信玄様は、兼続さんの代わりに城に留まってくれています」
『かねつぐ…?』
ちらりと白粉達の方を見れば、なにやら複雑そうに眉をひそめるその男
(あぁ…あれか…)
少し彼に注目すれば、彼の思考が大きく聞こえてくる
それは、まるで春風のようだ
小さな嫉妬と焦りと、その中心にあるのは愛おしいと思う心
(なるほどな…)
『兼続な…面白い男だ。じじいに似ているな…』
「じじい…ですか?」