第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
「一体何があったのです?」
戻った白粉に兼続が聞くも、白粉は「心配するな」と返すだけだった
(神落ちなど…これ以上、彼らを我らの世界に踏み込ます必要はない…)
白粉は、先ほどの事を答えるつもりはない
また謙信達もそれを察したかの聞くものは居なかった
聞いたのは、白粉自身を心配していた兼続だけだ
無言で進み続ける森
いつもの場所につく手前だった
「…心配することはない。問題ない」
白粉が小さく言ったのだ
それは、兼続に向かってだった
パンパンッ
空気を割るような手を打つ音
がらりと反転したかのような世界
薄暗く不気味な森は、明るく暖かい光に包まれ、木々まで輝くように見える
温かな空気、鳥の歌、頬を撫でる風、そして…甘い花の香り
『悪かったな。少し眠っていた』
長い桃色の髪をかき上げる女は、いつの間にか謙信の目の前に現われ煤猫を覗き見ていた
『なんだ…湖も寝ているのか?』
つんと指で耳をつつけば、もぞりと動く煤色の毛並み
くすくすと、笑った登竜桜は謙信から湖を受け取ると佐助と白粉の名を呼んだ
「はい、おかか様」
「はい」
『おまえは先ほど力を分け与えたな。ここで謙信達と待っていろ』
「…承知しました」
もう一度手を打つ音が聞こえれば、いつものように現われた赤い敷物
謙信達はそこに座る
ただ一人を覗き
兼続だ
聞き聞いてはいたが、初めて見るこの世界、登竜桜
何もかもが言葉を失うほどの驚きだ
「…兼続、お前も座れ」
敷物には謙信と白粉がすでに座っており、政宗と三成は荷車から酒などをおろしそこに乗せていた
「あ…申し訳ない。石田殿」
下ろされた荷に気付いた兼続が三成に声をかける
「俺にはないのか?」
「いえいえ…私も、初めての時には驚きました」
荷車に酒を押さえていた紐を乗せると、政宗と三成もまた敷物に座る
自分達の運んできた酒と干し柿以外にも、敷物の上には野山の果実が置かれていた
「こう…なんと表現していいのか…」
「おかか様をか?此処をか?…此処は、本来人が入れる場所ではない…ましてやこのような大人数…湖が居なければおかか様は決して許されてはいないだろうな」
白い指が山葡萄をつまみ、その口に放り込む白粉