第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
『神落ちだ。もう原型も探れないほどに崩れておった。ここの土地から離れるように約束させ、代わりに多少力を与えてやったのだが…遠慮無しに儂を食いおってな』
『…大丈夫ですか…?少し休まれては…』
『いや、湖やお前達の刻の調整くらい支障ない』
(神落ちか…他のものの事はなんとも言えんな…)
白粉自身もまたそうだった
陰陽師紛いな僧に、式神にされ自我をなくし暴れた身だ
神落ちになる要因は様々だ
人に害されて、力を失って、本体を無くして、そして自身が望んで…
『あれは…人に落とされたのだろうな…おそらくは。もう思考も読み取れない程に崩れていた…そうは保たないだろう』
決まりは無い
だが、神々は仲間だったものを見捨てはしないのだという
互いに力を分け与え、残りわずかな刻を穏やかに過ごせるようにするのだと
『おかか様自身は、大丈夫なのですか?』
女の姿で現われた登竜桜は、白粉の頭を撫でると口角を上げて笑う
『なにも…危ないところまで分け与えなどしない。次の一ヶ月まで眠れば元に戻る…あと、酒だな』
くくっと笑うその姿
妖や、神の気配がわかるもので無ければいつもと変わりなく見えるだろう
『…湖と佐助には解りますよ』
『あぁ、それは厄介だな…先に口止めしてこい』
『口止めしても、湖は顔に出ますからね…無駄だと思いますよ』
はぁっと息をはく登竜桜は、『まぁいい…連れてこい』
といい、白粉の額に手を当てた
ぽぅっと小さな桜色の光が白粉の額に吸い込まれるように消えていく
『…お前、ずいぶん力を押さえていられたな』
『えぇ…世話焼きが側に居るので…では、湖達を連れて参ります』
あまり語ろうとしない白粉だが、その胸の内は登竜桜には伝わっていた
(……面白い…驚いたぞ…)
白粉の思考深くに居た人物
堅物そうな男の顔に、登竜桜はふふっと笑うのだった
一方、謙信達の居た場所では
登竜桜が目を覚ますと共に、森は以前の気配に満ちていた
薄暗く深い…
しばらくして、白粉が姿を現わせば
兼続はほっと肩を下げた
するりと、白い毛が着物に
そして大きな身体が女の姿に変われば…
「待たせたな」
そう言い、先頭を歩き出す白粉