第28章 桜の咲く頃 四幕(十二歳)
荷車を引くのは兼続
それを佐助と三成が押し手伝った
先導は、白粉だ
猫の湖を抱えて森を歩いて行く
続いて謙信、政宗がついていく
うっそうと茂る森の奥
進めば進むほど暗く時間が解らなくなるそんな場所だ
だが、この日は様子が違った
確かに高い木に覆われた森は陽が入らず暗い
「…おかしい…」
一番最初にそう言ったのは白粉だ
「どうした?」
政宗がそれに声を掛けた
「…おかか様の気配が薄い…何かあったか…」
後ろを振り返ると、湖を謙信に渡す白粉
「どうするつもりだ」
「…少し此処で待て」
しゅるりと絹を巻き取るような音と共に白粉の姿は大きな獣に変わるのだ
謙信や政宗の頭上にある白猫の頭
一行を見下ろすように頭を下げた白粉は、謙信が抱えた子猫を覗き見ると
『直ぐ戻る』
そう言い、ふわりと浮き上がるのだ
白い尾を最後に、白粉の姿は森の奥へと消えた
ひゅうっと口笛を吹くのは政宗だ
「綺麗なもんだな…」
はじめて自分が対峙した白粉は、真っ赤な血の化け物だった
今の白粉とは全く異なる姿だ
この姿は、確かに神秘的なものだった
(二度目になるが…あれは美しいと言えるだろうな…)
「白粉殿…大丈夫でしょうか…」
心配そうな兼続に佐助が答えた
「ここは登竜桜様の領域、なにかあっても桜様がいれば大丈夫ですよ…」
(けど、確かにおかしい…森の雰囲気がいつもと異なる…)
(おかか様……なにがあったんだ…)
薄い気配を辿れば、それは登竜桜本体に繋がる
桜の古木
此処まで来ても、その気配は薄いのだ
暗い森の中、一角だけ木々が避けるように古木に光を当てていた
すぐ側まで来れば、やっと登竜桜が白粉に気づく
『なんだ…もうそんな時期か…』
眠っていたように、その姿を現わさず声だけが聞こえるのだ
『おかか様、いったいどうされ・・』
白粉が尋ねようとすれば、パンパンと手を打つ音が聞こえいつもの暖かい世界に包まれた
『悪かったな…少々面倒な客が来て、結構搾り取られてな…』
登竜桜のいう面倒な客
それには二種類のものがある
一つは、人
もう一つは、祟り神もしくは神落ちだ