第27章 桜の咲く頃 ひとやすみ(初恋の巻)
この大名、大した用はないが
毎度毎度、酒と友に謙信の機嫌取りに来るのだ
はじめは相手にしなかった謙信だが、相手にしなければしないほど春日山城への訪問が増え、領地をおろそかにしている様子に仕方無しと来るたびに相手をしてやっていた
少し間を置くと、兼続は言葉を続ける
「…予定です。あと半刻(約1時間)程度お待ちください」
「半刻?」
「そうです。その間に準備をしてくだされ」
「準備?」
「仕立屋に参ります。少しはめかしてもよろしいのでは無いかと思いまして、声をおかけしました」
にこりと笑った兼続に、湖は「う、うん?」と返事をする
返答を聞くと彼は、「それでは、後ほど」と声をかけ颯爽と廊下を歩いて行った
「…めかすってなに?ととさま」
「可愛くしてこいってことだ。よし、俺が見立ててやろう」
そう言うと、湖を抱き上げって縁側に上がった信玄はそのまま歩き出す
「可愛く?」
「謙信に、可愛いって言われたら…嬉しいだろ?」
「っ、うん…」
照れたように微笑む湖
(ほんとに、この娘は…着飾る必要もないがな。大人の姿を知っているにもかかわらず、成長が楽しみで仕方ない)
くくっと笑った信玄の首に、腕を回すと小さく湖が言うのだ
「ととさまにも「可愛い」って言われたら嬉しいっ。湖の「可愛い」はととさま達だけで十分だよ」
「…湖、お前。本当に気をつけないと攫われるぞ…可愛すぎで」
「嘘つき。しってるもん、そんなに可愛くないので安心してください」
クスクスと笑う声が耳元に届く
(あー…、喜之介…お前、本当に厄介な事をしてくれたぞ…)
湖はおそらくずっと真に受けたままだろう
そう思うと、ため息が出てしまう信玄だった
一方、謙信と大名のいる広間では…
いつもの通り、大量の酒とくだらない話
謙信はため息をつきながら、話を聞き流し酒を飲んでいた
(くだらん…)
だが、目の前の大名は満足げに話を続けているのだ
相手をし始めまだ半刻も立たない
(湖との約束があったが…これでは無理だな)
自然と、詫びの品を考え始めた頃だ
「失礼致します。兼続で御座います」