第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
広間から立ち上がり皆、外へと向かい始める
「兼続、高梨は…」と、謙信と兼続は飯山城城主の話を
政宗と三成は、安土から持ってきていた酒についての話を
それぞれ、確認しながら出て行くのだ
湖は、白粉と目が合えばこくりと小さく頷く
白粉はそれを見ると佐助と共に、幸村に声をかけ部屋の外へと連れ出したのだ
部屋に残ったのは、信玄と湖だ
湖は信玄の前に立つと「ととさま」と声をかける
「ん?なんだ?」
じっと見る信玄の胸は、以前より少し煤色の増した靄が見える
すりっと、信玄に身を寄せその靄に寄る
「どうした?湖」
(前より…少し濃くなった。でも、まだ大丈夫。まだそこまでじゃない)
「ととさま。ととさまは、もし…湖がととさまの悪いの消してるとしたら…いや?」
自分の腰に回る細い腕の主、その表情は見えない
だが、以前のように身体を強ばらせたり、泣いたりはしていない湖
「そうだな…もし、それをすることで可愛い娘の負担になっているならご免だな」
信玄もまた
自分の体調についてごまかしの言葉を入れない
「それなら問題なし!約束する、嘘はつかない」
自分の胸元下にある湖の表情は、にっと満面の笑み
そこに
(確かに嘘は見られない)
「そうか…」
(おそらく…これが、今の湖が話せる精一杯なのだろうな…)
信玄の胸元に着物の上から口づけをした湖
だが、それは着物を挟んでだ
「お守り」の効果はない
「おまじない」だ
(帰ってくるまで…このままで…このまま変わらないでいて…)
今、信玄の着物を剥いで「お守り」をするわけには行かない
その理由も探せない
約束の上限回数までまだ一回分ある
本来なら、最後の一度を使いたかったが…信玄のこの靄は昨日までは問題なかったのだ
(今日の朝からだもん…「お守り」をする間がなかった)
「ととさま。湖が、帰ってくるまであんまり動き回らないでね」
「おいおい。おれは重病人か?」
「…湖のこと、おとなしく待ってってね」
そう言われれば、目を丸くし含み笑いをし始める信玄
「ととさまー。ぜったいよ」
「あぁ。わかった…くくッ・・」
「もー…」
下を向いて笑う信玄
(あ…、そうだ)