第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
その頬に口づけをするのだ
「…美人か、どうかはわからないけど…大きくなって帰ってくるから。待ってってね」
「おいおい、なんだか…あれだな…愛しの恋人のようだな」
「笑えねぇ」
信玄と湖のやりとりに、幸村があきれ顔を見せる
「おい、湖」
「なに?政宗」
信玄の首に手を回したままで呼ばれた方に無理向けば、そこには不機嫌な顔がある
「…どうしたの?」
だが、特に返答する様子もなく舌打ちをする政宗
それに湖は、首を傾げるだけだった
「湖、そろそろ行くぞ」
「はい、謙信さま」
「湖様は、誰が乗せていきましょうか?」
兼続のそれに湖は、直ぐに答えた
「湖の馬も連れてって。行きは…かかさまと鈴の姿を借りていく。兄さまいい?」
「良いけど…いいの?」
「いいの?って兄さま、また絶対用意してるんでしょ!鰹節っ」
ぴしっと、佐助の懐を指す湖の人差し指
(まさに…なんだけど)
確かに、懐には鰹節を用意している
「湖様、行きはいいとし…なぜ馬を?」
「だって、帰りはもう身体ちゃんとなってるもん。もう一人で乗って良いでしょ?兼続…まさか、だめっていわないよね…」
「……帰ってきてからでは良いのでは…」
渋い顔をする兼続との距離を詰めると、湖は間近で兼続に詰め寄る
「一ヶ月我慢したんだよっ馬に乗らないで」
(痛くて乗れなかったんだけど…)
「しかし…」
「だって、兼続も来るんでしょ?謙信さまも三成君も政宗も、兄さまだっているんだよ。帰り道くらい自分で馬に乗りたい」
「ですが」
「兼続っ、ね?お願い」
パンと手を合わせてお願いすれば、兼続はため息まみれで了承の返事を出した
「…わかりました…ですが、危ないと思ったら相乗りです。良いですな?」
「っ、やったぁ」
わーいと喜ぶ湖を三成と信玄は微笑みながら見つめ、政宗は面白そうに、謙信はフッと息を吐いて笑った
「佐助気をつけろよ」
「解ってる。湖さんでしょ…確実に駈歩(かけあし)になると心得てる」
「…お前達、解ってるならはじめから止めればいいだろう」
幸村と佐助の会話を小耳に挟んだ白粉
苦笑しつつも、飛び跳ねて喜ぶ湖に苦笑していた