第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
傷痕の見えやすく、残りやすい湖の身体
謙信は見てしまった
湖自身が脱ぎかけた羽織の隙間から一瞬だけ見えた色の違いを
また湖自身もそれが目につき、羽織を戻したのが更にいけなかった
(…見られた……)
目も口もきつく結ぶ湖は、頭も下げて口を閉ざした
手首を掴んでいた謙信がその手を外すと
代わりに下げられた頭を優しく撫でる
「湖…安心しろ。あの男児を罰する事はしない…」
その優しい手つきに顔をあげた湖は二人を交互に見て
「…ほんと?」
と、不安な顔で尋ねるのだ
そして、謙信も信玄も頷いたのを見れば
「ほんとね?」
と念を押した
「白粉に治してもらわなかったのか?」
「かかさまは…色々出来るけどお怪我なおすとか、病気をなおすとかは出来ないもの。でも、桜さまは得意だから、桜さまが跡もなおしてくれるってかかさまが言ってた」
「そうか…」
立っている湖に、座っている男の二人
頷くような返答をした謙信に
「…見えちゃった?」
と湖が聞けば、「あぁ」と短くだけ答える彼に
慌てた様子で弁明を始めてしまう
「あのね、痛くないの。私、跡が残りやすいみたいで…こんなになちゃったけど…大丈夫、桜さまがきれいにしてくれるから…」
おどおどと話す湖に信玄は
「湖、何をそんなに恐れてるんだ?」
ぴくりと身を揺らせば、謙信によって優しく身を包まれる
すっぽりとその胡座に収まる湖は、先程まで見下ろしていた二人を今度は上目で見るように
「…だって…私、時別何ができるわけでも、見ためが綺麗なわけでもないのに…こんな痣まで出来たら、呆れられちゃうと思って…」
ぎゅうと握られた部分はちょうど青あざの残った辺りだ
謙信は小さくため息をつくと湖の顔にかかる髪の毛を横に払いながら言う
「お前は、何をそんなに心配するんだ」
「だって…いないでしょ」
「何がだ?」
信玄の問に、湖は答える
「こんな面倒な子…」
「面倒?」
「だって…普通はこんな風に大きくならないし、猫になっちゃうとか…私だって、普通と違うこと位はわかってるもん…」