第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
屈託のない笑みを浮かべて
「本当はね…ちょっぴり怖いし、不安なの。でもね、湖がいるのは、春日山城。つよーいかかさまと、ととさまがいて、忍びの兄さまもいる。そして、一番強い謙信さまもいるから、心配しても無駄かな?」
「何だ、それは」
「そう思っちゃうの。色々で考えて、ぐちゃぐちゃってなっちゃうけど。最後には、それが思いつくの」
へへっと笑う湖
言っていることは本当のようだった
佐助は、作っていたものを持って側に来ると湖に渡しながら言う
「じゃあ、考えなくてもいいね。湖さんは、笑って過ごしていればいいよ」
「…そうする。だから、私が連れて行かれそうになった理由を教えてよ。これ…笛?」
佐助に手渡されたものは、笛のような形をしている
手の平にすっぽり入る小さな木の笛
筒のようになっており、吹き口と空気の抜ける穴だけがある
柳の木で作られたそれは首に掛けられるように紐もつけられていた
「小さな音だけど良く通る音だよ。犬笛みたいなもの。鳴らしてくれれば、離れている距離にもよるけど気づける。お守りだと思って持っていて」
そう言われ、さっそく吹いてみれば…
ピーッ
鷹の鳴声と似た音が鳴る
側にいた白粉が自分の耳を塞いだ
「っ、確かに…よく聞こえるな…」
湖はそうは感じないが、聴覚が違う白粉はそう感じるようだ
わんっ!
そして、こちらも…
「村正?」
わん、わんっ
村正が尻尾を振って、縁側にいた湖の足下に飛ぶように走ってくるのだ
「あ、やっぱり。そうゆう周波数なんだ…そんな訳で、吹けば村正も来てくれる便利な笛です。身につけておいて」
「兄さま、すごいね」
笛を見る湖の目は、驚きにキラキラとしている
「あとね、湖さんの狙われた理由。謙信さまを脅そうとする輩の考えだよ」
湖の目が佐助を見る
「湖さんが鈴と変わるからとか、急激に成長するからとか、そうゆう理由じゃ無い。それは、何処にも漏れていないから安心していいよ」
「…湖のせいじゃないの?」
「違うよ」
「…そっか」
そう言われると、湖の肩が少し下がる
「そっか、そうなんだ」