第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
「それでね、たぬきさんがね・・」
(いえ…そんなはずはない…湖様は自分が狙われた事を聞いている)
だが、そんな様子を見せない湖の笑み
(白粉様に心配をかけまいとしているのか…?)
「湖、少し待て・・」
「続きがあるの。川にも行ったんだけど、昨日は鈴映らなかったのよ。鈴、寝てたのかな?」
「…湖」
三成より先に、正面にいた白粉は気付いた
笑みを絶やさない湖、だがその瞳が潤んでいるのを
後ろから見ている三成には、その様子はうかがえなかった
「鈴が寝てると、映らないのかなぁ?それとも・・」
「湖」
だが、白粉の表情で様子を伺う事はできる
(あぁ…この方は…)
白粉が眉間を寄せながら、正面にいた湖を包み込むように抱きしめた
「・・なぁに?かかさま」
「大丈夫だ…私が何処にも連れていかせない…例え、そうなっても直ぐに連れ戻す…大丈夫だ、大丈夫」
「っ、だ、め…だよ…」
湖の手が持ち上がれば、白粉の両袖をぎゅうと掴んだ
「大丈夫だ」
「かか、さまぁ…っ」
ぽたん…
ぽたん、ぽたん…
(やはりそうですよね…怖かったですよね…)
畳に落ちては染みこんでいく水の粒
「あの、人たち・・っ、誰…なんで、私を連れてこうとしたの…っ湖のせい?湖がこんなんだから…?」
「違う。そうじゃない。湖、大丈夫だ。落ち着け」
「幸もっ、ま、さむねもっ・・こ、わい…っ、怖いよ…かかさま…」
大きな声は上げない
静かに耐えるように泣くのだ
三成は、白粉に頭を下げるとその部屋を出た
襖を閉めれば、すんっと鼻をすする音が聞こえる
(まだ…九つなのです…)