第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
その頃、早馬で想定より早く到着した謙信達
佐助の予測通り、真っ正面から城に入り刃向かう輩を制圧し、小国大名に刀を突きつけていた
「…娘の拉致を企てたのは、貴様で間違いないか」
「な…何の話だ…っ」
脇息を倒し、逃げ腰の大名
「無駄な足掻きを見せるな。三ツ者達に調べさせて、ここに証拠も揃ってる…それとも、これを見てもまだ弁解するか?」
信玄が投げ捨てたのは、大名が家臣に出した命令書だ
そこには湖を連れてくるように書かれている
「…っ」
「湖はな…俺の大事な娘なんだ。いったい娘にどんな用件があったのか、聞かせてもらおうじゃないか…」
「た、武田の…娘だと…?」
「それ以前に、湖は俺のものだ。湖を拐おうなど、越後に危害を加えたのと変わりない」
「馬鹿言え。湖は俺の…安土のものだ。お前は、安土まで敵に回して何をしようとしていた?」
謙信、信玄、政宗に囲まれ身動き、呼吸すらままならない大名
そんな大名を助けにくる家臣はいない
幸村が刀を構えるも、家臣達はどこかほっとしたような様子すらうかがわせるのだ
「…お前達、自分の領主を守らないのか?」
「……守る意味を見いだせないのです」
対峙する家臣のうちの一人が答えた
領地を束ねる領主は自分本位の政(まつりごと)を打ち立て、民を苦しめる
それは家臣達にも同様で、一部の甘い汁を吸った家臣以外はこの領主を良く思う者はいないのだと
「はっ…終ってんな」
幸村はうんざりな表情を浮かべる
家臣達の声が少し離れた謙信たちの耳にも届く
「政をするべき人間ではないな」
「クズだな」
信玄と政宗がため息をついた
「なっ、なんだと!?貴様達っ…ひっ!!」
大名は真っ赤な顔で、家臣達を見るが誰も動こうとせず
そして鼻先に突き出された刀に更に腰を引く
「評判が悪いのは耳に入っていた…だが、ここまでとは…貴様には死すら軽い…」
おもむろに自分の刀を納め、側に置いてあった大名の刀を引き抜き
シュッ…と弧を描くように振り落とせば
ばさり…
落ちたのは大名の髷だ
「ひぃぃい」
青ざめた顔で自分の髷を拾う姿に、声を掛ける者は誰も居ない