第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
白粉は湖を抱きそのまま自室へ向かい、他は広間へと移動していた
「北条か?」
「いえ。謙信様、どうやら北条の動きに便乗した小国のようです」
佐助は軒猿から受け取った文を謙信に渡した
「俺の娘を利用しようなんて…許されない事を思いついた輩がいるもんだな」
「あいつら、俺たちが湖を囲ってると思ってやがった」
信玄は静かに怒りを表し、幸村は先ほどの言葉が頭から離れずにいた
「囲う…っ!?なっなんで御座いますか!!いかがわしいっ」
「事実です。湖様を攫い、越後と安土に揺さぶりを掛けようとしたそこまでは予測出来ましたが……湖様を攫って何をしようとしたのかは想像すらしたくはありませんね」
兼続が驚く中、三成は冷めた目をしそう言った
文を読み終わった謙信は
「越後を侵害する輩は放置できんな。それは、湖にも同様…小国すぎて戦にまで発展しないが……今からでも早々に乗り込む」
「俺も行くぞ」
「俺も灸をすえに行こう」
立ち上がるのは謙信を初め、政宗、信玄だ
「御館様と共に参ります」
そして幸村
「佐助、貴様は念のため城の警備に付け」
「俺も行きたいところですが…承知しました。城のセキュリティは任せてください」
「兼続、それに石田三成。お前達は城に残って万一の時に動け…湖には上手くふせておけ」
「はっ。承知致しました」
「お任せください」
この日、湖は起きることはなかった
寝落ちしたのは夕方前だ
代わりに鈴が姿を現わせば、白粉もまた猫の姿に変わり
子猫から目を離さないよう行動を共にしていた
鈴の夕餉には、柔らかく煮た米に鰹節をたっぷりのせたもの
美味しそうに頬張る鈴
口元についた残りかすを佐助が丁寧に拭くと、鈴を抱き上げ外を見た
月が昇りはじめている
雲が薄く張った空は、薄紫色で地平線の向こうにはもう無くなりそうな真っ赤な線が見えた
「…そろそろ着きますね」
越後から早々離れていない小国だ
到着すれば、そのまま城へ乗り込んでいくのだろう
「ほんと許せないな…」
静まらない怒りの矛先を何処に向ければ良いのか
(謙信様が帰ったら稽古をしてもらうか)