第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
二人が上がれば、刀を引き抜く数人の音と二人以外の声が聞こえるのだ
数人…数十人
「その娘、こちらにもらおうか」
はっきり聞こえた低い男の声
びくりと背を揺らせば、三成がすかさず湖を片手で抱き寄せる
「大丈夫ですよ、お二人に敵う相手はそうおりません」
「…うん」
「あいつをなんで狙う?」
幸村が問うのは、十数人を束ねている様子の武士だ
身なりからすればいい身分だろうと解る
「その娘は、以前上杉と出歩いていた娘だろ。で、お前達もな…越後と安土が同盟などと馬鹿げたことを…」
気に入らない様子をそのまま見せる男は、政宗の方をちらりと見る
「なんだぁ…俺が安土の者だって事も承知の上で、のこのこ出てきたわけか」
それに政宗がにやりと口角を上げたのだ
男はそれにくくっと薄く笑うと
「どこのぞ姫か…それともお前らが虜になるようないい女に化けるのか…まだ子どものようだが…よっぽど良い使い心地なのか…」
「てめぇ…」「あぁ?」
「この人数にたった三人…さぁ、こちらに渡せ。あの娘、存分に可愛いが・・っ?!」
ザシュッ…
男の言葉が途中で途切れた
同時に崩れ落ちるその身体
政宗の刀は、まるで風のように振られ男の声を遮った
「…笑えない。冗談にもならねぇぞ」
その表情に先ほどの笑みは見られない
「あいつを利用しようと思いついた事…後悔しろよ」
幸村の背からも感じる怒りの気配
少し離れた湖は、三成に抱き寄せられその頭を抱えられている
彼らの話は聞こえていなかった
たが見ているだけでも幸村の気配は感じる
(幸…怒ってる…)
刀のあたる音
三成に遮られているが、それは聞こえる
(戦ってる…っ)
見たことのない男の姿も数人ちらりと見えた
「湖様、怖かったら目を瞑っていてください」
三成にそう言われるが、目が離せない
緑の草原をほんの少し登った
本当に自分の目先で、幸村と政宗が多くの武士達と争っているのだ
恐怖
真っ先に感じる感情
そして、
心配
幸村と政宗の事を
ふがいなさ
「娘」は此処には湖しかいない
(私を狙ってる…理由は聞こえなかったけど…そのせいで、幸と政宗が…)
三成に抱きついているだけの自分
こどもじゃなきゃ、女の子じゃなきゃ少しは役にたてるのだろうか…