第1章 冷たい手【刀剣乱舞 大倶利伽羅】
薬研の話では、このイケメンは大倶利伽羅という打刀の刀剣男士で私の本丸へは比較的初期にきたらしい。人数の少ない頃からの重要な戦力で練度は初期刀の山姥切の次に高い。三カ月ほど前に本丸全員の後押しで恋仲になった私の恋人だそうだ。
「大将、本当に覚えてないのか?かなりアツい求愛だったんだぜ、大倶利伽羅の旦那。大将だって一生忘れない、とか言ってたのに」
「……覚えてないの。彼に関することは何も覚えてないし、そもそも彼が誰なのかすらわからないんだよ」
「薬研、粥が冷める。先に食わせてやれ」
「だけど旦那、大将が」
「覚えてないものは仕方ない。それより体力を回復する方が先だ」
大倶利伽羅さんは鍋からお粥をお椀に移してレンゲを添えて渡してくれた。食べろ、と目で促される。おずおずと口に運ぶと、優しい味がした。光忠の料理は今日も美味しい。あっという間に食べてしまった。
「さすが大将、病み上がりでも食欲だけは変わらねーな」
「ちょっと薬研、私のこと食欲魔人みたく言わないでよ」
薬研の軽口がありがたい。大倶利伽羅さんの一挙手一投足見逃すまいという視線が痛いのだ。それに気づいたのだろう、わざと軽口を叩いてくれた。
「ごちそうさまでした」
「大将、念のためこの薬を飲んでくれ。白湯はここにあるから」
渡された薬は案の定苦くてむせたけど、なんとか白湯で流しこんだ。だんだん身体がポカポカしてくる。 ふと見ると、大倶利伽羅さんが鍋と食器を持って席を立とうとしていた。
「あの、それなら後で私が持っていきますから」
「旦那、俺っちが持っていくから大将の側にいてやってくれ」
「山姥切を呼んでくるついでだ。それより薬研、あの式神を呼んでおけ、確認したいことがある」
そう言ってさっさと部屋から出ていってしまった。良かった……正直いたたまれないのと恐怖であんまりちゃんと食べた気しなかったんだよね。覚えてないのは申し訳ないと思うけど、何故だろう、彼が怖い。薬研は嘘をつくようなことはしないから正真正銘恋人なのだろうけど、そのことに対して何故か恐怖が押し寄せてくる。