第1章 冷たい手【刀剣乱舞 大倶利伽羅】
間違いない、大倶利伽羅さんの上着だ。どうして、と思うより前にあの冷たい手が頭をよぎる。もしかしたらあの手の持主は大倶利伽羅さん……?そういえば彼の手は冷たかったことを思い出す。うたた寝していた私に上着を掛けてくれたのだろう。そしてその時に触れていったとしたら。知らない間に触れられていたことに背筋が凍える。それと同時に優しい手を心地よく感じていたことも思い出す。相反する感情に混乱しながら自室へと向かうと、丁度光忠がおやつを持って現れた。
「ああ、主丁度良かった。おやつが出来たよ」
「ありがとう光忠。今日は白玉ぜんざいなんだ。寒い日にはありがたいなぁ」
「主の分にはおまけで白玉1個多く入れておいたよ。さあ冷めないうちにって、その上着伽羅ちゃんの?」
持っていた大倶利伽羅さんの上着を見留めた光忠が尋ねてきた。うん、と頷きながら自室の襖を開けて中へ入り光忠を招き入れる。
「縁側でうたた寝してた間に大倶利伽羅さんが掛けてくれたみたい。早く返しに行かなくちゃ」
「この寒い中縁側でうたた寝って、また熱でも出したらどうするんだい?」
「ゴメンゴメン、でも大倶利伽羅さんのおかげで大丈夫だったから」
「まったく君は……。主、伽羅ちゃんのことさん付けで呼んでるんだね」
「うん、そうだけど……以前の私はなんて呼んでたの?」
「倶利伽羅、だよ。君に名前を呼ばれる度に伽羅ちゃんすごく嬉しそうだった」
少し遠いところを見るような目で答える光忠に、申し訳なさが溢れてくる。恋人同士だったのだから、少しくだけた呼び方をしていたのだろう。それを大倶利伽羅さんはとても喜んでくれていた。でも今はよそよそしい呼び方しか出来ないでいる。どうしても恐怖の方が先に立ってしまうのだ。彼にしてみれば理不尽だろう。突然恋人が倒れたと思ったら、目が覚めた途端に知らない人扱いされるのだ。よりにもよって自分の記憶だけ失くした恋人に怖がられるというのは相当辛いのではないだろうか。しかも彼は私に気を使いなるべく私と顔を合わせないようにしている。好きな人が近くにいるのに会うことも出来ないなんて。とても酷なことを強いているのに、それをありがたがっている自分に嫌気がさした。