第1章 冷たい手【刀剣乱舞 大倶利伽羅】
その日から大倶利伽羅さんは私の前に姿を見せなくなった。全員が大広間に集まる朝食と夕食の時だけは顔を見ることがあるけど、それ以外の時はぱったりと見かけなくなった。おそらくは私に気を使ってくれているのだろう。面と向かって会ってしまえば平静ではいられないだろうから、その気遣いはとてもありがたい。私は彼が怖いのだ、色々な意味で。
ある日、夢を見た。夢の中で私は仕事をしていてひと段落ついたので休憩していた。そのうちうとうとし始めた私の頬に冷たいものが触れる。夢の中でも寝ぼけ眼の私がそれに手を伸ばすと人の手の形を取った。ゴツゴツと筋張った男の人の手。優しく触れるその手が心地よくて、上からそっと握りしめた。冷たい手。何故だろう、私はこの手を知っている。でも誰の手なのか、どうしても思い出せない。とても近い所にあるはずの手が遠く離れていくようで知らずしっかりと握ろうとすると、冷たい手はさらりと頬を撫でる。この手の持主は、私を愛おしんでいるのだ。それがとても嬉しくて重い瞼を開けようとするが、どうにも上手くいかない。むしろ意識はどんどん沈んでいく。完全に沈む直前、名残を惜しむかのようにまた頬をひと撫でして離れていった冷たい手の持主の名を、私は呼んだ気がした。
目が覚めるとそこは、中庭に面した縁側だった。短刀達の遊ぶ声を聞きながら、うたた寝をしていたようだ。そっと頬に触れてみる。あの冷たく優しい手の余韻を求めて。あれは誰だったのだろう。夢の中で私は確かにその人の名を呼んだのに、目が覚めたら何も覚えていない。夢なんてそんなものかもしれないけれど、胸の奥がモヤモヤする。
短刀達の遊びも一区切りついたようなので、そろそろ光忠がおやつを持ってくるころだ。自室へ戻ろうとして立ち上がると、肩にかけられていたものがゆっくりと滑り落ちた。これは……大倶利伽羅さんの上着?