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カレット

第1章 冷たい手【刀剣乱舞 大倶利伽羅】


そこには「忘愛症候群」という見慣れない単語が並んでいた。

「最近になって増えてきたんだけど、何らかのきっかけで最愛の人だけを忘れてしまうという症例があるの。きっかけは様々で原因はわかっていないのだけれど、共通しているのは最愛の人の存在そのものを忘れてしまうこと。そしてその人の存在を認識すると、その人を拒絶してしまうこと。貴女の場合、きっかけは高熱で倒れたことね」

淡々と続ける先生の言葉に血の気が引いていく。好きな人だけを忘れてしまう。そんな病気があるなんて……。

「なあ、そいつは治らないのか?」

冷たく低い薬研の声が診察室に響く。そうだ、病気なら治る可能性はある。縋るように視線を向けると、先生は答え辛そうに目をふせた。

「完治した症例が無い訳ではないわ。ただね……」

言い淀む先生に、今度は大倶利伽羅さんが食ってかかる。

「はっきりしろ。治るのか治らないのか」

先生は小さく溜息をつくと、大倶利伽羅さんに向けて口を開いた。

「完治するかしないかで言えば、完治するわ。ただしそのために必要なのは、最愛の人の死なのよ」

全員が言葉を無くした。震え出した自分の身体を抱きしめる。

先生は、今、なんて、言った……?

完治するために必要なのは最愛の人の死。

記憶の代償に、彼の存在を失うということ。そんなのって、酷すぎる。それとも忘れてしまった罰だというのか?

「もちろんそれ以外に治療法がないのか研究中よ?」

先生の言葉なんて耳に入ってこなかった。薬研が何か言っていた気がしたけど、それも聞こえてこない。ただひたすら自分の中で反芻する。怖いと思っていたはずなのに、彼がいなくなることの方が恐ろしくてたまらない。

結局、頓服薬をいくつかもらい本丸へ帰ることになった。どうやって帰ってきたのかなんて覚えていない。気がついたら自分の部屋だった。着替えることもせずに、その場で一人泣き続けた。

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