第5章 ❇︎2月 溶けかけの雪だるま【薄桜鬼 沖田】
「……?」
「私はそんな大層なものではありません。沖田さんに会うまでは、何も知らない箱入り娘でした。それが、貴方に出会ったことで沢山のことを知りました。それら全てが、私には愛おしいです」
家からそう遠くない場所にある団子屋さんのお団子の美味しさ。
町の活気。
人々の笑顔。
そして、愛する人の温もり。
「純粋だと、貴方と触れ合えないのなら私は喜んでそんなもの捨てます…貴方に会えてよかったと、心の底から思っているんです」
「ちゃん…」
貴方に時折触れてもらえることがこんなにも幸せにしてくれるのだと、どうすれば分かってもらえるだろう。
その術を知らなくて、ただ彼の手を握るしか出来なかった自分が歯痒かった。
「……ありがとう、僕も、君に会えてよかったよ」
「っ、はい!」
それでも、彼が笑ってくれたことが、ただ嬉しかった。
「じゃあ、僕はそろそろ行くよ」
「もうそんな時刻ですか…早いですね」
見廻り中の彼をこれ以上引き止めることは出来ない。
この瞬間はいつも苦しくて、寂しくて。
「そんな顔しないでよ、また来るから」
「……次は、いついらっしゃいますか?」
「そうだね…
この、2人で作った雪だるまが溶ける前には必ず来るよ」
分かりやすく落ち込んでいるのだろう私にそう約束してくれた彼は立ち上がると玄関に向かう。
「あ、沖田さん!この羽織は…っ」
「次に来るまで貸しておいてあげる。それを僕だと思ってて」
振り返ることなく去ってしまった彼の背を見つめながら、ぎゅっと浅葱色の羽織を握りしめる。
少しでも彼の香りが残ってないかと、そっと顔を埋めた。