第3章 黒尾の誕生日
時計の針が閉じる前に、会いたいな。
帰りの車内でいくら時計とにらめっこしても、電車は早くわたしをクロさんのもとに連れていってくれない。定刻通り動いてくれる。
そのことは充分わかっているけれど、電車さん、がんばってと願わずにはいられなかった。
2人で過ごす、はじめてのクロさんの誕生日だから。
間に合うとはおもうけれど、はやくクロさんに会いたい。彼からのメールは、すこし前から途絶えてしまって、今、彼が何をしているか、わからなかった。
静まり返った車内にときどき、かたんかたん、という音が降りる。その音をぼんやり耳にしながら、クロさんのことを考える。
プレゼントは何がいい、と前に聞いたら、
クロさんは「 すいれんがほしい」だなんて仕事モードの調子で言った。
言葉自体はすごく嬉しかった。
でも、そんな調子で言われたことがすこし悲しくて、答えにつまっていたら、クロさんは、残念そうな顔をしてた。
でも、あのしゅん、ってするクロさんの表情は明らかにプライベートのもので、そんな姿に安心してしまったのを覚えている。
もともと、仮面を作るのが本当に上手なひとだから、なるべく、わたしといるときくらい、剥がしてもらいたいのだけれど。できているといいな。
そんなことを考えている間に、クロさんのおうちの最寄駅に着いた。
ホームを降りて、改札を出て、クロさんのおうちまで、歩く。でも、今日は小走り。あとすこし、あとすこし。
乱れた息を隠しつつ、クロさんのおうちのインターホンを鳴らす。けれど中から、いつもの気だるげな声は聴こえなかった。
もしかして、怒ってるのかな。まだ、時計の針は12時を指すには早い場所にいる。
クロさん、怒ってはないか、拗ねてるか。もし、そうだとしたら、返事はしてくれるけれど開けてくれないだろう。だから、ちがう。
「クロさん…?」
鍵をそっと差し込んで、おじゃまします、と一言つぶやいてからクロさんのおうちに入る。
秋の夜の空気とさよならするために玄関の扉を閉めると、クロさんの匂いがわたしを包んだ。
それに包まれながら、廊下を抜けてリビングにたどりつくと、クロさんの姿がみえる。
テーブルに居る彼の名前を途中まで呼んで、やめた。
耳を澄ますと、すやすやと寝息が聞こえる。あらら。