第7章 戸惑う心
「そんなっ…」
患者の顔が痛みではない感情に歪む。
それがなんの感情なのかは想像でしかない。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
数刻先には消えてしまう命に向かって必死に謝罪の言葉を述べている。
それ程大事な存在なのだろう。
「レスキュー、救急車ある?」
だからといってここで情を挟む訳にないかない。
処置は処置、人命が第1だ。
「1台ならあります」
「じゃあ彼女を救急車に運んで、そこで処置する」
「分かりましたっ」
直ぐ様ストレッチャーに患者を乗せ、救急車に急ぐ。
ここで帝王切開をして母子共に助けようとするものなら、死産になりかねない上に母体まで命を落とす可能性がある。
可能性がある、というよりはその可能性が限りなく高い。
最悪なのはどちらとも死なせること。
だったら確実に助かる方を助ける。
それが例え患者の意志に反していようとも、この現場では許される。
院内では許されないことが現場で許され、現場で許されないことが院内では許される。
そこの区別を覚えていなければ自分の首を絞めることになるのだ。