第7章 戸惑う心
「とにかく今は切り替え。
反省するのはあとだって良い。今じゃなくても出来る。
けど患者を助けられるのは今しかない!」
そう自分に言い聞かせ、荒れた心を落ち着けて行く。
深呼吸をし、状況を把握する為に現場全体を見回すと呼吸を荒くしお腹を押さえている妊婦が目に入った。
トリアージから症状が悪化している。
彼女から処置しよう。
「亜城西救命センターの霜月だけど……大丈夫?
名前言える?」
担当する患者には基本名乗ることになっている。
患者を安心させる為だ。
必要かどうかは分からないけど、不安定になっている患者の心情を察してということだ。
まぁ変に疑われて治療を拒否されても面倒だけど。
「赤ちゃんを……赤ちゃんを……」
私に対して返事をしたつもりなのか、しきりにその言葉を連呼している。
子供を思う母親は強い。
自分の命よりも子供の命を気にすることが出来る、強い生き物なのだ。
彼女のタグを確認すると黄色で腹部強打となっていた。
記載してある名前は知らない名前だ。
応援で来た医者か?
判断ミスではなさそうだ、時間が経って悪化したのか。
「ちょっとお腹触るよ」
その場で母子の様子を調べる。
己の手やエコーを用いて診察する。
「胎児心拍下がってる」
タグを黄色から赤へと変える。
症状の変化に応じてタグは切り換えることができる。
そうすることによって、より正確な状態を共有することが出来るのだ。
タグは誰の目から見ても分かるようにしなければ意味が無い。
「奥さん、胎児心拍という胎児の心拍が落ちてる。
ここまで落ちてるとなると胎児を助けるのは厳しい。
母体を優先にする、良いね?」
それしか助ける方法はない。
診断結果を偽りなく告げる。
嘘をついたって意味が無い。
腹部に衝撃を受けてから時間が経ち過ぎている。
救命の現場は時間が全てだ。