第7章 戸惑う心
「お願いします。赤ちゃんを……赤ちゃんを助けて。
私はどうなっても良いから赤ちゃんを……」
どうしても諦められないのか、私の手首をきつく掴みながら必死に言う。
「それは出来ない、私はあなたを優先させる。
胎児は助けられない」
「そんなっ……私の赤ちゃん……」
「あなたが死んだら、子供はどうなるの?
誰が育てるの、1人にするの?
私は医者として助けられる命を助ける、ただそれだけ」
赤ちゃん……赤ちゃん、と呪文のように何度も何度も繰り返している。
大事な存在なのは理解出来るけど、私まで情に流される訳にはいかない。
私がすべきなのは命を救うこと。
危険に晒すことではない。
「「麻酔早くして」
1人の患者に時間を割く訳にはいかない。
まだまだ処置待ちの患者は大勢居る。
時間が全てだ。
「はいっ」
麻酔が終わると、消毒液を浸したガーゼを切開予定の部分とその周囲にピンセットを用いて滑らせる。
バーベキューソースのような赤茶色の消毒液が、ツンとした匂いと共に患者の皮膚に広がった。
消毒を終えると素早くメスに持ち替え、お腹を開く。
まずは胎児を慎重に取り出してから母体の治療へと急ぐ。
怪我は酷くないが妊婦ということもあり危険な状態には変わりなかった。
「このまま救急車で産婦人科のある病院まで搬送して」
「はい」
救急隊員に指示し救急車を降りる。