第1章 神の手と称される者
「相変わらず若い子が絶えないねぇ、神那ちゃんは」
病室へ入ろうとドアに手をかけると、後ろから声をかけられた。
少し低めで間延びした声。
「神崎、冗談でも辞めて。笑えない」
露骨に嫌な顔をして振り返ると、いつもの砕けた笑みを浮かべた神崎が呑気に手を振って立っていた。
こっちだって好きで連れてるんじゃない。
「もう、神那ちゃんってばそんな怖い顔しないで。
せっかくの可愛い顔が台無しだよ。
女の子は笑った顔が1番可愛いの」
「興味ない」
二ヘラ、と緩んだ笑顔を見せるのは脳外の神崎純。
私と同じく救命所属のフライトドクター。
せっかく腕は良いのに、無類の女好きという残念な一面を持つ。
「あっ!もしかして、神崎先生ですか!?
脳神経外科医で神那先生と同じく神の手の持ち主の……」
「わはは、やだなぁ。よしてよ。
持ってないってば、神の手なんてそんな大層なもの。
僕はちょっとハンサムなただの外科医だよ」
大袈裟に笑い飛ばすけど目が全く笑っていない。
「名前知っててくれたんだ、嬉しいなぁ。
女の子だったらもっと嬉しかったんだけどね」
「誰だって知ってますよ、神崎先生のことは。
医学界では有名人ですから」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ」
この人も神の手や奇跡を信じていない部類の人間。
だから今は少し不機嫌。
私と違って表には出さないけど。
それが社会で上手く生きていく為の方法だそうだ。
そんなものに興味はないから取り入れようとは微塵も思わないけど。
「君はえーっと……」
「あ、すみません。自己紹介がまだでした。
水原紫音と言います。フェローです」
「ふーん、そう」
【フェロー】
正式名称はフェローシップ。
この場合はフライトドクター候補生。
フライトドクターになる為の研修を受ける医者のこと。