第5章 誰も知らないあなたの仮面
人間は夢を見る。「夢の世界」という言葉をたまに使う。しかし、正確には夢の世界などというものは存在しない。脳が眠っている間に見せる幻覚のようなものだ。
寸分の狂いもない嘘
「やぁ、チェ・グソン。状況はどうだい?」
クラブ・エグゾゼ。そのVIPルームのドアを槙島はお情け程度に叩く。
中にいた男はモニターから目を離せば、槙島を振り返った。
「これはこれは。槙島の旦那。綾さんも一緒でしたか。出歩いても宜しいんですか?公安がうようよしてるでしょう?」
どこか楽しそうに言うチェ・グソンは回りにいた女達に退室するように促す。
「問題ないよ。僕も綾も街頭スキャナーには引っ掛からない。知ってるだろう?」
ソファに座れば、チェ・グソンに向き合った。綾はそのままガラスの方へ行けば、下で繰り広げられているオフ会を見ていた。
「――くだらない。」
「おや。綾さんはこう言うのがお嫌いで?」
少し意外そうにチェ・グソンが問えば、綾は鼻で笑って見せた。
「機械に負けた人間なんて面白くないわ。家畜同然じゃない。」
辛辣に言う綾にチェ・グソンが肩を竦めれば、槙島は笑った。
「――綾はルソー肯定派だからね。」
「ジャン・ジャック・ルソー、ですか?名前しか知りませんが。」
槙島はその問いに頷けば、説明の為にモニターを弄る。
「ルソーの著作に『人間不平等起源論』と言うのがある。たとえば、二人のハンターが森にいる。それぞれ別々にウサギを狩るのか。それとも二人で協力して大物を狙うか。どちらが正しい判断だと思う?」
「そりゃ勿論――、後者じゃないですか?ゲーム理論の基本。協力して大物。」
「その通り。それが人間の社会性だ。言葉、手紙、通貨、電話――。この世に存在するありとあらゆるコミュニケーションツールは、全てこの社会性を強化するためのものだ。」
槙島がそこまで言えば、チェ・グソンは何かを考えるように黙る。
「ネットにその効果はあると思うかい?」
「――無駄話はそこまでね。公安局が紛れ込んでる。一斉摘発されるわよ。」
フロアを見ていた綾が静かに言う。
チェ・グソンは慌てて、デバイスを繋いだ。