第10章 楽園の果実
「そういう事だね。こればっかりは、不老不死が実現したとしても解決がつく問題ではない。」
泉宮寺は自らの機械の腕を眺めつつ呟いた。
「もとより全ての生命とは、他の命を犠牲にし糧とする事で健やかに保たれる。現代人は獣を殺して食わなくなったが、それは構わん。もう肉体に命は不要だからね。だが人々は忘れている。精神の命を保つ為にも、養分が、餌食が必要だと言う事を。身体の若さばかりを求め、心を養う術を見失えば――。当然、生きながらに死んでいる亡者達ばかりが増えて行く。」
「スリルによる活力。それは死と隣り合わせの危険な報酬です。」
「そうとも。狩りの獲物が手強いほどに瑞々しい若さが手に入る。」
その言葉に、槙島は綾の髪を梳いていた手を止める。
「そこまで仰せなら、次はとびきりの獲物をご用意出来るかと。」
「ほう?」
「狡噛慎也、公安局執行官。」
その名前に、綾はゴクリと唾を飲み込む。
槙島はそっと綾の頬を撫でた。
「公安局――!」
「おびき出して、罠にかけます。」
薄く笑った泉宮寺は、作業デスクの上にダブルオー・バックが詰まった箱を置いた。その箱を開けて、装弾を一発ずつ愛おしそうに取り出して並べて行く。
「その執行官ね――。私は、生け捕りにはしないよ。いいのかい?」
「もちろん。どうして生け捕りなんて?」
「きみは気付いていないようだから言っておくが。狡噛慎也。その名前を口にする時、きみはとても楽しそうなんだよ。」
ねえ神様うつくしいものなんて此処にはなかった筈なのにね
雑賀の自宅――その書斎。論文のコピーや古い書籍、時代遅れのDVD・Rが山積みの書斎。壁を埋め尽くす本棚にも当然のように資料が詰まっていて、溢れている。雑賀は重厚なマホガニーの机につき、狡噛と朱は来客用の革張りのソファに腰を降ろす。
「飲み物は珈琲で良いかな?」
「えぇ。」
「丁度、先程の来客が淹れて行ってくれたのでね。」
その言葉に、狡噛は僅かに取っ掛かりを覚える。
そんな狡噛の様子を、雑賀は敢えてスルーした。
「常守朱監視官――、か。因果なものだな。」
その言葉に、朱はすぐに含まれている裏の意味に気付く。
「雑賀教授。今日の来客は――、綾ですね?」
その問いに、雑賀は否定も肯定もしなかった。