第3章 名前のない怪物
そのライオンは思考する
その頃、確かにある意味では私はそれを体現していたと思うのだ。
3年前のあの日までは、私の世界は狡噛慎也で構成されていると言っても過言では無かった。
「――綾。ここにいたのか。」
「ふぇ?なんだ、慎也か。」
連勤が続いた綾はコッソリと仮眠室へ逃げ込んで眠っていた。
ふと時計を見上げれば、どうやら2時間は眠っていたらしい。
「捜査会議にも出ないで何をしてるかと思えば――。良い身分だな、お前。」
呆れたように言う狡噛に綾は眠たい目を擦って起き上がる。
「だってかれこれ一週間家に帰ってないのよ?この一週間でトータル10時間も寝てないわよ。」
「そんなの俺だってそうだ。」
「体力馬鹿の狡噛監視官と一緒にしないでください。」
「テメェ――。」
頬を膨らまして言えば、狡噛のこめかみがピクリと動いた。
その様子にクスクスと笑えば、綾は狡噛のネクタイを引っ張れば強引に口付けた。
「――ン、綾?」
珍しい彼女からの口付けに、狡噛はされるがままになりながらも不思議そうに首を傾げた。
「もう1ヶ月ぐらい慎也とシテない。」
「――それはどっちかって言うと俺の台詞だと思うぞ。」
何とも言えない気持ちでそう言えば、綾はそのまま項垂れるように狡噛に抱き付いた。
それを上手く抱えてやりながら、狡噛はさっきまで綾が寝ていたスペースに横になる。
「――俺も流石に堪えたよ。一体いつになったら落ち着くんだろうな。」
「シビュラに守られた安全・安心の世界のはずなのにね。」
「――全くだ。」
そう言いながら目を閉じた瞬間、狡噛のデバイスがけたたましく鳴り響く。
「うるせ。クソ。佐々山か。なんだ?」
『何だじゃねー!!お前、ちょっと野暮用っつってどこに消えた?!こっちは車でずっと待機してんだよ!早く来やがれ!』
デバイスから聞こえる声に、綾は苦笑する。
「佐々山くん。ごめん。私が慎也を引き止めてたのよ。」
『その声――、綾?テメェ!綾とイチャついてないで早く来やがれ!』
怒鳴り散らす佐々山に、狡噛は煩わしそうにデバイスの通信を切った。