第9章 あとは、沈黙。
奥まった独房の前で、狡噛は足を止めた。
モニターによれば、そこに収監されている人物の名前は「足利紘一」となっている。
朱の身分証明でロックをほんの一部だけ解除すれば、狡噛は中を覗き込んだ。
「あ~ら、ワンコちゃん。お久し振り。」
覗き窓は百科事典がギリギリ受け渡し出来る程のサイズだ。しかしそれは朱には、天国と地獄の境目のように見えた。
「随分と絵が増えた。もう描く場所がないだろう。」
狡噛が笑いながら言えば、足利も笑った。
「こう見えても身体は柔らかいのよ、私。鏡さえあれば背中だって楽勝。」
「ニュースは見てるか?」
「芸術に理解のない世の中なんて、あんまり興味ないのよね。」
狡噛は覗き窓から、葛原沙月と山口昌美の死体写真を足利に見せる。
「あら、良いデキじゃない。王陵牢一のアートそのまんま。」
「私を侵すその匂いが、好きよ」
「知ってるか?王陵牢一。」
「いえ。」
狡噛に問われて、朱はかぶりを振る。
「そう言えば綾ちゃんはどうしたの?綾ちゃんなら知ってるわよ、王陵牢一。」
その名前に、狡噛の目の色が変わる。
それを見た足利は茶化すように言う。
「あら、やだ。別れちゃったの?勿体ない。あの子、珍しく芸術に理解があったのに。」
「綾の詮索は良い。それより王陵牢一の資料を見せろ。」
狡噛の態度にため息を吐きながら、足利は画集を開いて見せる。
「ね、そっくりでしょ?私の店でも、彼の作品には良い値がついたわ。確か綾ちゃんにも一冊あげたはずよ。浮ついた流行り物じゃなくて、きちんと根源的なテーマが見て取れたからよね。」
「助かったぜ。」
「私ね、獣姦が趣味なのよ。ねぇお礼にセックスしてよ。慰めてあげる。綾ちゃんと別れて寂しいでしょ?」
「残念ながら綾以外とする気はないんでな。遠慮しとくぜ。」
「相変わらず一途なワンコちゃんだこと。」
茶化すように言う足利をサラリと受け流せば、狡噛は朱を連れて窓を閉めた。
「捜査資料から検索だ。王陵牢一。何か引っ掛かる項目はないか?」
「ええと。桜霜学園に同じ苗字の生徒が在籍してます。この子、血縁者ですよ!」
王陵璃華子が殺される12時間前の出来事だった。