第9章 あとは、沈黙。
殺意を抱いたのは、どの瞬間だったのかさえもう思い出せない。
これは夢だ。遠い昔の夢。
綾はうつらうつらしながら、夢の奥深くに沈んで行く。
狡噛と佐々山が言い合いをしている。いつもの事だった。それを止めるのは決まって綾の役目で。宜野座なんかとっくの昔にその役目を放棄していた。
あの日だってそれがそのまま続くはずだったのだ。
「被害者の身元が特定されました!イタリア系準日本人のアベーレ・アルトロマージです!」
どよめく会議室。綾と佐々山は弾かれたように走り出した。
「綾!」
狡噛の声が後ろで聞こえるが、止まる事は出来なかった。
「勝手をするな、常守監視官!」
捜査本部長である霜村の声が響く。
綾は走りながら答える。
「至急一係のチームを扇島へ!私と佐々山くんが先行します!」
「待て、常守監視官!二人で先行するなど危険すぎる!」
「これが待ってられるか!瞳子を助けねーと!」
佐々山の意見に同意をした綾はドミネーターを引き抜いた。
うそのかたまり
轟く怒声、鼻につく血の匂い、目の前に広がる無残な死体。
放心する綾の前に、槙島聖護が優しく問う。
「――絶望を味わった気分かい?」
「佐々山、くん?」
「そう。佐々山光留執行官だった『モノ』だ。既にこれは彼の作品になってしまったね。」
何の感情も篭らない穏やかな声で、槙島は祭壇に飾られた佐々山の死体を見る。
「――許さない。殺してやる――!」
それは間違いなく心の奥底から湧き上がって来る殺意だった。犯罪係数があがろうとも、潜在犯に認定されようとも、それでもこの男達を殺す事が出来るのであれば綾は構わないとさえ思った。
けれども槙島は笑みを絶やさないまま、佐々山の死体の手にドミネーターを握らせる。
そしてその銃口を綾に向けた。
『携帯型心理診断鎮圧執行システム、ドミネーター起動しました。ユーザー認証、佐々山光留執行官。公安局刑事課所属使用許諾確認、適正ユーザーです。』
指紋からドミネーターが起動する。それを綾は冷めた目で見つめていた。
「それで私を殺すつもり?確かに今の私ならエリミネーターが起動するかもね。」