第8章 紫蘭の花言葉
――東京都内に、その存在が公にされていない医療施設がある。「公にされていない」は言い過ぎかもしれない。病院だということは近隣の住民に知れ渡っているし、ネットでも簡単に調べがつく。
しかし、その医療施設には外来受付がない。
電話をかけても「予約制ではない」という。そのわりには、救急車がひっきりなしに出入りしている。その施設には広い庭があり、高い塀に囲まれている。白を基調とした清潔な建物。普通の病院ではない。なぜなら、そこに収容されているのは病気で苦しんでいる人々ではない。異常なまでに無気力で、表情に乏しく、時折思い出したように虚ろな笑みを浮かべる奇妙な患者たちだ。
その施設の入院棟に、見舞い客として常守綾は訪れた。
あなたが嘘になった日 わたしも死んだ
「桐野さん。良かったわね。今日はお姉さんがいらっしゃったわよ。」
ナースはカーテンを開けながら、明るく言う。
けれども少女――、桐野瞳子は微動だにしなかった。
「ごめんなさいね。喜んでくれてるはずなんです。」
気遣うように言われて、綾は首を振った。
「いえ。大丈夫です。分かってますから。」
「それじゃ帰る時にまた声を掛けてくださいね。ごゆっくり。」
ナースが出て行くのを認めて、綾はそっと瞳子の手を握った。