第9章 揺れる心
紫音先輩は丁寧に私の靴下を脱がせ、腫れた足首に湿布を貼り、包帯を巻いてくれた。
「あの…紫音先輩…。」
「彼女のことでしょ?」
「はい…妖精って…。」
紫音先輩は顔色一つ変えずに話した。
「彼女は俺の姉だよ。海外に住んでる時に道に迷って治安の悪い場所に入ってしまって…複数の男に犯されたんだ。それから精神的におかしくなっちゃってね。今は自分のことを妖精だと思ってる。だから俺達家族も姉のことを妖精として扱ってるんだ。」
「そう…ですか。」
一瞬でも彼女のことを頭のおかしい人だと思った自分に罪悪感を感じた。
世の中には様々な事情を抱えながら生きてる人が沢山いる。
私の妹…エミリもその内の一人だ。
紫音先輩は私のスカートを捲り、膝の擦り傷を消毒して絆創膏を貼ってくれた。
「はい、おしまい。」
「ありがとうございました。」
「足の痛みが引くまではここにいなよ。妖精さんも、蝶と話すのに夢中でしばらくは庭にいるから。」
紫音先輩は愛しそうに庭にいる姉を見つめた。
それがなんだか切なくて、胸が締め付けられた。
「お言葉に甘えさせて頂きます。紫音先輩、学校に行かなくていいんですか?」
「大丈夫、気にしないで。」
紫音先輩は私が楽な体勢になれるように、頭の下にクッションを置いてくれた。
「羽山君と何があったの?」
紫音先輩に訪ねられ、答えに悩んだ。
「色恋関係かな?」
「そんなところです。」
紫音先輩はそれ以上深くは聞いてこなかった。
紫音先輩は無言で私を見つめた。
綺麗な、灰色の瞳。
「シュリ、顔が疲れてる。」
「そうですか?」
自分では意識していなかったが、きっとそうなのだろう。
「少しここでリラックスするといいよ。音楽をかけようか。」
紫音先輩はテレビの横に置いてあるCDコンポをいじった。
部屋の中に、穏やかなピアノの旋律が流れた。