第11章 -心配の無駄遣い-(月島明光)
「すんげぇ顔…」
「元々こういう顔です〜。」
店に入ってきた常連のすみれに
辛口のことばを掛けるのは、マスターの明光。
慣れ親しんだ仲だからこそ…ではあるが、
今日のすみれは何かが違う…
そう感じた明光はそれ以上は何も言わず、
コーヒー豆を挽き始めた。
「わたし、まだ注文してないよ?」
「どうせ、いつものだろ?」
「わかんないじゃん‼︎
たまには違うの飲みたかったのに。」
いつもより明らかにトゲのあるすみれのことば。
「じゃあ、これはオレからのサービスだ。
飲みたいのがあればまた淹れてやるから。
これは黙って飲め?」
明光はいつもと違うすみれに気付いているのに、
そのことには触れず、明るく言うと、
カウンター席に座ったすみれに
コーヒーカップを置いた。
「…っ⁈いいって…ちゃんと払う…」
キツく言い過ぎてしまったことが後ろめたくて、
すみれはそのまま俯いてしまう。
「オレが淹れたコーヒー飲めないのか〜?
黙って奢られとけ?」
「…。」
「冷めちゃうだろ〜?早く飲め飲め♪」
「ま…まだ熱いってば!」
意地を張っていたすみれだったが、
明光に促され、やっとカップに手を伸ばし、
飲み口をいったん塞いでから
ふわりと手を放し、香りを楽しむ。
「いい香り…」
コーヒーを一口飲んだすみれは、
やっと表情が和らぎ、
それを見た明光は安心したように、
コーヒーミルの手入れを始めた。
「ごめんなさい…」
暫く2人とも話していなかったが、
すみれが口を開いた。
「何がだ?」
明光はチラリとすみれに視線を向けたが、
すぐに穏やかな表情で
コーヒーミルの手入れを続けた。
「態度…悪かった…」
「気にしてねぇよ。」
今度は明光は顔をしっかりあげると、
カウンター席に座るすみれに視線を合わせ、
優しく尋ねる。
「何かあったのか?」
「…⁈」
すみれは一瞬話すのを戸惑うが、
明光の優しい眼差しに、
ポツポツとことばを紡ぎ始めた。
「人前で…うまく話せなくて…」
明光は途中で口を挟むことは決してせず、
優しい眼差しのまま、
すみれのことばにジッと耳を傾けていた。