第5章 -失恋特効薬-(岩泉/花巻)*
平日の真昼間…すみれは1人で
ぼんやりと歩きながら、
家に向かっていた。
平日の真昼間だからといって、
すみれは決して
仕事をサボっているわけではない。
すみれの仕事は休みが不規則。
すみれの友だちは、
カレンダー通りに働いているコが多いので、
すみれは平日の休みは、
1人で過ごすことが多かった。
1人で過ごすことは何の問題もない。
ただ、今日のすみれは、
いつもと心持ちが違っていた。
”虚無感”
これがすみれの心を覆っている。
最近すれ違いの多かった彼と
久しぶりに会うことのできた昨夜。
”話がある”と
彼の家に呼び出されたのだが、
彼はなかなか話そうとはせず、
だからといって、
久しぶりに会ったのに、
彼はすみれを抱くこともなく、
ただ、何かを言いづらそうにしていた。
そして、今朝、
痺れを切らしたすみれが
彼に何の話なのかと促すと、
すみれにとって
思いもよらないことばが
彼の口から発せられた。
”学生の時好きだった人と偶然再会した”
”運命だと思った”
”別れてほしい”
これがすみれの心を覆う
”虚無感”の原因だった。
「フラれちゃったんだ…よね…」
口に出してもいまいち実感がわかない。
「せめてくもりか雨だったら
もう少しフラれたこと実感できたのに…」
そう呟いたすみれは歩きながら、
すみれの心とは正反対の
憎たらしいほどの明るい空を見上げ、
んっ…とやる気のない伸びをした。
「…?こんなとこ…あったっけ…?」
すみれが目線を元に戻すと、
見たことのない小さな看板が
すみれの目の前にあった。
”Cafe myosotis”
「カフェ…?新しくできたのかな…」
フラれた実感のないすみれだが、
説明することのできない”虚無感”だけは、
彼のことばを聞いてからずっと、
すみれの心の中に居座っていた。
”虚無感”を抱えたまま、
家に帰りたくなかったすみれは、
迷うことなくそのカフェの扉を開いた。