第5章 〜遊戯〜
「逃げるのはやめたのか」
急に立ち止まった後姿に、冬獅郎は眉を寄せる。
振り返った彼女の表情はいまにも泣き出しそうに歪んでいて。
そこに確かな胸の痛みを覚えて、氷輪丸の切っ先を降ろす。
「…彼奴そっくりの顔で、んな表情するなよ」
溜息を吐く自分は、とことん玲に弱いと思う。
「本体には、ちゃんと伝わってるよ、貴方の心」
突然彼女の口から洩れたその言葉に、目を見開く。
「まだ理解出来なくて、苦しんでる。世界が感情の特定を邪魔するんだ。でも、私は創られた存在だから。本体の記憶も、胸の痛みも全部知っているから」
「お前には、理解出来るのか」
「私は邪魔、されないから。この感情が何なのか、理解出来るよ」
彼女の言葉が、理解出来るようで、理解し切れなくて、眉を顰める。
「お前、玲と思考が一緒なんだろ?」
同じなのに、何故違う結論が出せる?
暗にそう問うと、彼女には伝わったようで、悲しげに笑った。
「同じなのは思考と記憶。本体は、人格を同期させなかった。だから私には自我が生まれてしまった。記憶も思考も同じなのに、本体とは違う、人格が」
「……」
「だから分かるよ。私は冬獅郎を傷付けられない。攻撃されると凄く苦しい。違うのに同じだから、余計に辛い」