第19章 揺りかご事件【前編】
――悪夢襲来。
「あぁどうせ、誰でも彼でも気が狂ってしまうのに。」
2105年3月1日。
「お兄ちゃん。なんで別荘に行くの?」
「今日は二人で過ごそうかと思ってね。嫌だったかい?」
槙島は泉の手を引きながら優しく問う。
泉は不可解そうに槙島の顔を見上げた。
「――パパとママは?」
「日向教授達は明日来るよ。」
「そっか。あ、雨降って来た!」
「急ごう。今夜は嵐だと言っていたからね。」
そう言えば、槙島は泉の手を引いて走り出す。
遠くでは雷雨が轟き始めていた。
「お兄ちゃん。まだ寝ないの?」
パソコンの前でずっと何かをしている槙島に、泉は問う。彼は画面を隠すように閉じれば、泉の側に寄った。
「ん?あぁ、ごめん。寝ようか。」
「――明日は晴れるかな?」
「どうかな。ちょっと長引くかもね。」
外は雷の音を交えながら雨が激しく降り続いていた。
「パパ達、来れる?」
「多分、ね。ホラ、もう寝なさい。」
曖昧な返事をすれば、泉を布団へと誘う。
横に寝転がってやれば、彼女はその小さな身を寄せて来る。
「――おやすみ、お兄ちゃん。」
「おやすみ、泉。良い夢を。」
そう言えば、槙島は泉の背中を何度かポンポンと叩いてやる。
すると疲れていたのか泉はすぐに眠りに付いた。
「――いつか君は僕を騙したと罵るのかな。」
無邪気な寝顔を見れば、槙島は苦笑混じりに呟いた。起こさないようにそっと側を離れればパソコンの前へと戻る。
メモリースティックに入っていたコードにアクセスをすれば、そこに映った映像に槙島は人知れず唇を噛み締めた。
「――日向教授。」
それは日向家の監視カメラのセキュリティコードだった。映し出された日向家は見るも無残な状態になっており、槙島は思わず目を背ける。
リビングには日向夫妻が刺殺されており、夥しい血の量がトルコ製のカーペットを赤く染めていた。
「――貴方は、随分と残酷な事を僕に求めるものだ。」
コードと一緒にメモリースティックに入っていた遺言とも言える内容に槙島は自嘲する。