第17章 甘い罠
――かみさま、ねぇ神様。
「多分これから俺はお前のことが好きになるんだけど、別にいいよな?」
槙島聖護と言う男は本を読むのが好きだ。
昔から彼は良く本を読んでいた。
泉は邪魔をしないように珈琲を淹れて側に置けば、そっと後ろから覗き込んだ。
「――くすぐったいよ、泉。」
彼女の長い髪が頬に掛かれば、槙島はクスクスと笑いながら言う。
「――太宰治、ですか?」
「あぁ。読んだ事はあるかい?」
「えぇ。でも私は余り好きじゃないわ。」
「どうして?『人間失格』なんか面白いと思うけれど。」
栞を挟めば、槙島は泉の方を向く。
「――好みの問題ですかね。」
「成程。では君の好みの作家を聞いても良いかな?」
「そうですね。――夏目漱石は好きです。」
横に座れば、泉は少しだけ考えて答える。
「泉はロマンチストだね。」
「あら、失礼ね。聖護さん。」
そっと一筋取った泉の髪の毛を、槙島は愛おしそうに口付けた。
「――月が綺麗だね、と僕が言ったなら。君はなんて答えるんだろうね?」
「さぁ――、どうしましょうか。」
その言葉に、泉は何も答えずにただ哀しそうに笑った。
ある日、薬局で事件が起きた。
朱や宜野座は出動要請を受けて一足先に現場へと向かう。
『こちらは公安局刑事課です。現在このエリアは安全の為、立ち入りが制限されています。』
ドローンが整理する区画に一台の護送車が到着する。
中から出て来る執行官たちが次々とドミネーターを持つ。
朱も例に漏れずドミネーターを持てば、どうしてもあの日の記憶が蘇ってしまう。
「――おい。」
「うわっ?!」
「何を考えているのかは何となく分かる。」
「――狡噛さん。」
後ろから声を掛けて来た慎也に、朱は力無く笑う。
「だが今は目の前の事件に集中しろ。」
「――はい。」
慎也の後を追うように朱は頭を振り切った。