第16章 閑章:その参
「――1年しか変わらないんだ。いい加減、余所余所しく先輩扱いするのはやめてくれ。」
「でも――。」
「狡噛にはそんな事しなくなっただろう?」
「――まぁ、そうですね。と言うか、慎也は――。」
「それだ。狡噛は慎也と呼ぶくせに、俺の事は宜野座監視官と呼ぶ。」
「えっと――。それって宜野座さんの事も下の名前で呼んで良いって事ですか?」
嗚呼――、滑稽だ。
柄にも無い事を言っているのは重々承知しているが、この機会を逃すと永遠に言えなくなりそうだからこの際言ってしまおうと思った。
「そうだ。それとついでに敬語をやめろ。」
俺の言葉に、しばらく日向は考え込む。
「――日向。」
「分かりました。その代わり――!伸元も私のコト、名前で呼んでね?」
ニッコリと笑って言う彼女に、今まで感じた事の無い感情になる。
「お、ギノ!すまん。3日も悪かったな。」
「狡噛か。もう良いのか?」
「あぁ。今年の風邪はタチが悪いから気を付けろよ。」
3日振りに出て来た狡噛はすっかり元気になっていて横で泉が呆れたようにそれを見ている。
「頭をちゃんと拭かないから湯冷めするのよ。」
「へいへい。気を付けるよ。」
まるで夫婦のような会話をする二人にもやもやっとした感情を抱いてしまった。
「――泉。昨日の書類だが。」
「あ、うん!伸元が言ってくれた通りに書き直したからちょっと待って!」
パタパタとデスクに取りに行く泉を、狡噛は目を丸くしてみている。
「――ギノ。」
「何だ?」
「何だ、じゃねぇよ。いつから泉って呼ぶようになった?アイツもお前の事――。」
「別に構わんだろう?いつまでも他人行儀にされたんじゃやり辛いからな。」
苦虫を踏み潰したような顔をした狡噛に少しだけ意地悪心が芽生えた。
「――アレは俺のだからな。」
「フッ。知っている。――これぐらい許せ。」
その言葉を狡噛がどう受け取ったかは分からない。
けれども二人が上手く行けば良いと思ったのも事実だったのだ。