第11章 聖者の晩餐
――この手は既に血で穢れていると云うのに。
「大人しく所有物面してたら、もう少しくらいは可愛がってあげるのにね。」
「今すぐゆきを解放しなさい!さもないと――!」
「さもなければ僕は殺される。君の殺意によってね。それはそれで尊い結末だ。――ホラ。人差し指に命の重みを感じるだろう?シビュラの傀儡でいる限りは決して味わえない、それが決断と意志の重さだよ。」
そう語る槙島に、朱は再びドミネーターを向ける。
『犯罪係数、アンダー20。執行対象ではありません。トリガーをロックします。』
「――デカルトは決断が出来ない人間は欲望が大きすぎるか、悟性が足りないのだと言った。どうした?ちゃんと構えないと弾が外れるよ?」
その瞬間、朱の脳裏にある会話が思い出される。
『――だけどある時、気付いちまった。アイツはわざとサイボーグのような自分を造り出してた。見事なモンだぜ。もう一人の自分を演じる事で全ての数値をパーフェクトなままで維持出来るんだからな。』
泉を見れば、彼女は感情の読めない瞳でこちらを見つめていた。
「――さぁ。殺す気で狙え。」
朱が猟銃を放つが、それは全て狙いを外れていた。
泉はこれから起こる現実にゆっくりと目を閉じる。
「残念だ。とても残念だよ。常守朱監視官。やはり君は泉のようにはなれないのか。君は僕を失望させた。だから罰を与えなくてはならない。」
「やめて!お願い!日向さん!!」
「――己の無力さを後悔し、絶望するが良い。」
その瞬間、悲鳴と血飛沫が辺りを染めた。
「――私がゆきを見殺しにした。私がゆきを――。日向さんも――。」
絶望状態の朱の元に行けば、慎也は腕を叩く。
「何があった?」
「――あの男と会いました。」
泣きそうな声で、朱が言う。
「――あの男?」
「槙島聖護――。ドミネーターで裁けません!――日向さんもあの男の側に!」
「――泉が?」
やがて辺りに雪がちらつき始めていた。