第10章 メトセラの遊戯
――泡になれたらいっそ幸せなのに。
「愛してた。愛してた。愛してた。――でもね、今は、どうして好きなのか、わからないよ。」
「ダメだなぁ。地下室は水没している。臭いからして間違いなく廃液塗れの汚染水だ。あんなの生身で浴びたら無事じゃ済まんぞ。」
「でも!間違いなく狡噛さんはその先に進んだんです!」
応援に駆けつけた公安局のメンツに、朱は訴えるように言う。
「――それどころか壁を通り抜けてもっと奥まで――。」
「ナビの故障じゃねぇ?」
「――ハードじゃなくてソフトの問題かも。この辺は再開発を何度も繰り返してたから。登録されてるデータの実体通りかどうか知れたモンじゃないわ。」
六合塚がパソコンを弄りながら呟く。
「――騙されたのは君だけじゃないのか?常守監視官。」
「え?」
それまで黙っていた宜野座が腰を上げる。
「狡噛は君の監視下を離れ位置情報をロスト。――つまり。初めから逃亡をする目論見でこの状況を演出したのかも知れない。」
「――何の為に?!」
「いくらでも理由は考えられる。泉と落ち合う気かも知れん。」
「日向さんも一枚噛んでると?!」
「可能性の話だ。」
言い合う二人の間に、征陸が入る。
「あ~、お嬢ちゃん。とりあえずマップデータよりナビを信じるとしてだな。狡噛はどっちの方角に向かったか分かるか?信号が妙な動きをしたりとかは?」
「――妙なって言えば。途中からいきなりすーっと物凄い速さで真っ直ぐに――。そうだ!乗り物に乗ったんだ!この辺りに南北に走る地下鉄路線がありませんか?!」
「ちょっと待って。――あるわね。地下鉄銀座線。でも60年前に廃線になってるわ。」
六合塚の答えに、朱は思わず空を見上げた。
「――ここまでは予定通り。向こうも飲み込みが早いようだね。獲物が賢い程、狩りも楽しくなる。」
「良いですねぇ。客席からも観戦し甲斐のあるゲームになりそうだ。」
泉宮寺の言葉に、槙島は笑う。
「君もたまには狩りに参加してみてはどうだい?」
「僕はここで起こる出来事そのものに興味があるのでね。第3者の視点で観察するのが一番です。――泉もそう思うだろう?」
後ろにいる泉を振り返れば、サラリと槙島は彼女の頬を撫でた。
泉は下に見える慎也の姿を泣きそうな目で見つめていた。