第9章 楽園の果実
――幸せを唄おうか、声が枯れるまで。
「あのね。わたし。あなたのこと、きらいになった。の。」
「宜野座監視官はね、貴方が心配で仕方ないのよ。守れなかった狡噛執行官の二の舞を踏んで欲しくないの。」
「――泉?」
自分の名前を呼ばなくなった泉の腕を掴もうとするが、その腕はヒラリと離れた。
「――宜野座監視官。」
「なんだ?」
改まって言う泉に、宜野座も訝しそうな視線を向ける。
泉は胸元に閉まっていた警察手帳を宜野座に渡した。
「――泉?」
「今までお世話になりました。日向泉、今日で監視官を辞職します。」
「なっ?!」
泉の爆弾発言に、辺りが騒然となる。
「おい、泉!何の冗談だ?!」
「そうだぜ、泉ちゃん!今日はエイプリルフールじゃないぞ!」
征陸の言葉に、泉は少しだけ笑う。
けれどもその瞳は冗談を言っているようには見えなくて、全員が言葉を失う。
「日向監視官。突然どう言う事だ?急に言われても承諾など出来ない。」
冷静に問う宜野座に、泉は辞表を渡す。
「局長には既に申し出て許可は頂いています。――ごめんなさい。」
「いい加減にしろ!泉!お前、昨日から変だぞ?!俺に黙って一体何の真似だ?!」
とうとう怒りが爆発した慎也が泉の腕を掴めば、泉はその腕を振り払った。
「泉――?」
「――慎也。私達、もう終わりにしましょう。」
決して告げられるはずの無かった別れの言葉に、慎也は言葉を失った。
「――私は生け捕りにしないよ?良いのか?」
コトンとチェスボードの上のピンが動く。
「勿論。どうして生け捕りなんて?」
「君は気付いてないようだから言っておくが、『狡噛慎也』の名前を口にする時君はとても楽しそうなのだよ。」
その言葉に、槙島はフッと笑う。
「僕はもっと楽しいものを持ってるのでね。――あぁ、お帰り。ちゃんと別れは告げて来たかい?――泉。」
開いた扉に、槙島は優しく問い掛ける。
貴方を守る為に、私は世界で一番の嘘吐きになりましょう。