第9章 楽園の果実
――もう一度だけ、空を見上げたかった。
「あいつの隣であの子が笑う度、俺は眩しさに何も見えなくなってしまうんだ。」
「桜霜学園美術教師・柴田幸盛。と言う事になっているが、実際は介護施設に収容された全く無関係な老人だった。彼の経歴が改ざんされ教員に成りすます上で利用されていた。」
「完全な偽造経歴じゃないところが悪質且つ巧妙っすね。」
「――しかし。教師なんて人目に触れる仕事に就くとは。大胆なのか間抜けなのか。」
画面を見ながら呟いた宜野座に、六合塚が口を挟む。
「それがですね。映像データは全てクラッシュ。残っていたのはほんの短い音声ファイルのみ。残された手段は昔ながらのモンタージュ写真と似顔絵作成の二つだけ。勿論、どちらもやってみました。」
「その口振りからするとハズレか。」
「――えぇ。」
ファンがカラカラとなる音が、部屋中に響く。
「結局佐々山が撮ったピンボケの写真しか手掛かりはないってか?」
征陸の言葉に、誰も答えなかった。
「――結局、雑賀教授の受講者名簿は空振りでしたね。しかも日向監視官の――。」
「その話は忘れろ。絶対に調べたりするな。良いな?」
「でも――!」
思わず噛み付いた朱の前に、宜野座が待ち構えていたように現れる。
「常守監視官を雑賀譲二に引き合わせたそうだな?」
「あぁ。」
「それは!私が紹介を頼んで――!」
間に入った朱を、宜野座は冷たく見下ろす。
「どういうつもりだ?彼女を巻き添えにしたいのか?貴様と同じ道を踏み外した潜在犯に!」
「ちょっと待って下さい!私を子供扱いしてるんですか?!」
「事実として君は子供だ!右も左も分かっていないガキだ!なんの為に監視官と執行官の区分けがあると思う?健常な人間が犯罪捜査でサイコパスを曇らせるリスクを回避する為だ。二度と社会に復帰出来ない潜在犯を身代わりに立てているからこそ君は自分の心を守りながら職務を遂行出来るんだ!」
その言葉に、朱が抗議する。
「そんなの!チームワークじゃありません!犯罪を解決するのと自分のサイコパスを守るのとどっちが大切なんですか?!」
「はいはい。そこまでよ。落ち着きなさい。」
後ろから泉に口を塞がれ、朱は押し黙る。
慎也はどこかいつもと違う泉の様子に、訝しそうな視線を向けた。