第5章 誰も知らないあなたの顔
――泣きながら笑うなんて、器用な君。
「突き落したら砕けてしまいそうなくらいに、君の体は冷たくて。」
立ち尽くす朱に、宜野座が声を掛ける。
「――今回、君は充分良くやった。」
「結局犯人を突き止めたのは、狡噛さんと日向さんでした。あんな風に犯人の思考を把握し予想するなんて――。」
「それが執行官だ。犯罪者と同じ心理傾向を持っているからこそ出来る事だ。」
その言葉に、朱は反論するように言う。
「――でも。狡噛さんは私を慰めてくれました。励ましてくれました。あの人が潜在犯だとしても御堂みたいな殺人鬼と同じ心の持ち主だなんて思えません。それに――、日向さんは監視官ですよね?」
朱の質問に、宜野座は少しだけ考え込む。
「監視官は監視官としての役目だけを果たせ。執行官とは一線を引け。」
「それがこの仕事の鉄則、ですか?」
「いや。俺の経験則だ。かつて俺は過ちを犯した相棒を失った。俺には彼を止められなかった。君に同じ轍を踏んで欲しくない。」
そう言いながら、宜野座はファイルを朱に転送する。
「――君は少しだけ、泉の事を知って置いた方が良いのかも知れん。」
「え?」
「――アイツは強いようで脆い。しっかりと見ておいてやらないと闇に落ちるぞ。」
「宜野座さん――?」
その時、ピピっと朱がファイルを受信する。
「人事課のファイルだ。目を通したら破棄しろ。」
そう言って宜野座が立ち去った後、朱はファイルを開く。
『狡噛慎也、執行官。男性・28歳。元・監視官。』
「――え?!」
そこに映し出された内容に、朱は目を見開く。
『未解決事件公安局広域重要指定事件102の捜査中、犯罪係数が急激に上昇。セラピーによる治療よりも捜査の遂行を優先。犯罪係数が規定値を逸脱し、執行官に降格。』
「狡噛さんが元・監視官――?!」
呆然としている朱の前に、もう一つのファイルが開かれる。
『日向泉、監視官。女性・27歳。未解決事件公安局広域重要指定事件102の捜査中、犯罪係数が急激に上昇。セラピーの為、一度離職。1年の治療期間を経て、監視官へ復帰。』
「日向さんも――?!」
知らなかったパズルのピースが少しずつ埋まって行く。
朱はその場に立ち尽くした。