第35章 過去編:名前のない怪物
「――ん。」
気だるい思考回路を振り切って目を開けば、泉の視界に見慣れた顔が入って来る。
「私――?」
「泉!良かった、大丈夫なのか?!」
起き上がろうとする泉を、慎也は切羽詰った顔で問い詰める。
何があったかまだ思考回路がハッキリしていない泉は、困ったように首を傾げた。
「慎也――?」
「はいはい。慎也くん、ストップ!ちょっとお姉さんに代わって御覧なさい。」
「志恩?」
無理やり慎也を引き離せば、志恩は泉の額に手を当てる。
「熱も無いし、大丈夫そうね。泉。アンタ何があったか分かってる?」
「え?――私、確か佐々山くんと――。」
そこまで言って、泉の脳裏に槙島と再会した記憶が蘇る。
「――?!」
いきなり顔を青くした泉を、慎也は目敏く見つめる。
「おい、どうした。泉、何かあったのか?」
「何、でもない――。佐々山くんは?」
グルリと視線を見渡せば、奥の方で所在無げに立っている佐々山が目に入った。
「日向チャン――、悪い!」
泉の前にくれば、佐々山は大きく頭を下げる。
その様子に、泉は目をパチパチとさせた。
「え?なんで佐々山くんが謝るの?」
「当たり前だ。佐々山がお前について行ってたらこんな事にはならなかった。」
横で怒りを露にしている慎也に、泉は苦笑する。
「違うわ、慎也。私が佐々山くんを置いて行ったの。悪いのは私よ。」
「いや――。狡噛の言う通りだ。俺が無理にでもついて行けば、日向チャンをこんな目に遭わせなくて済んだのに。本当に悪かった。」
違うと言っても聞いてくれなさそうな佐々山に、泉は苦笑するしかなかった。
「違うって言ってるのに。あ、そうだ。瞳子ちゃんは?」
「大丈夫だ。とりあえず保護して連れて帰ってる。日向チャンが起きてからの方が良いと思ってまだ桜霜学園には連絡してないんだが。」
佐々山の懸命な判断に、泉は感謝をする。
「有難う。瞳子ちゃんに会うわ。志恩、動いて平気ね?」
「えぇ。問題は無いみたいだし。何かあったらすぐに来なさい。」
その言葉に、泉は頷いた。