第35章 過去編:名前のない怪物
「泉。一体、何があった?」
瞳子のいる部屋に向かいながら、慎也が問う。
思わず佐々山を見るが、彼は意味深に頷いただけだった。
けれどもそのサインに泉は佐々山の言いたい事を悟る。
「慎也。心配掛けてごめんなさい。ちょっと不覚を取っただけよ。背後から薬を嗅がされてあのザマよ。監視官失格ね。」
「誰に?!」
「さぁ?でも多分、公安局に捕まりたくない後ろ暗い人達じゃない?顔は見てないもの。」
槙島の事はあえて伏せる事にした。佐々山もそれが良いと判断したのだろう。
慎也を巻き込みたくない、と泉は強く思っていた。
「慎也。悪いけどここからは、私と佐々山くんで行くわ。」
「何故だ?」
泉の言葉に、慎也は不愉快だとばかりに言う。
「瞳子ちゃんを怖がらせたくないの。慎也、この間彼女に怒ったでしょ?」
「あれは――。」
「それに他に仕事は山程あるはずよ。ここは私に任せて。ね?」
立ち止まれば、泉は懇願するように言う。
慎也は少し迷ってから、仕方なく頷いた。
「――分かった。終わったら連絡しろ。絶対二人で単独行動するなよ。」
「分かってる。有難う。」
泉は踵を返す慎也を見送って、佐々山に視線を向ける。
「佐々山くん。有難う、色々と。」
「いや――。それより狡噛には言わなくて良いのか?あの銀髪男のこと。」
「今はまだ良いわ。それに――、彼は今回の件の首謀者じゃないわ。」
「日向チャン?」
どこか確信めいて言う泉に、佐々山は違和感を感じる。
「瞳子ちゃんの資料ある?見せて。」
「ん?あぁ、ホラよ。」
佐々山から受け取った資料に泉は目を通す。
桐野瞳子、イタリア系準日本人アベーレ・アルトロマージを父に持つ混血児。
幼少時から桜霜学園に入学、今に至るまで学園生としての経歴を積む。
夏期休業前のサイコパス検診では特に問題となる数値は検出されず。
それ以降の測定記録無し。
目立つ非行履歴もなかったが、今年11月に入ってから二度の補導歴有り。
泉は少しずつパズルのピースが埋まって行くのを感じた。