第35章 過去編:名前のない怪物
廃棄区画を泉はひたすら走り続けていた。
3年振りに見たあの顔。どうしても彼を見つけなければいけない理由が泉にはあった。
「はぁはぁ。一体どこへ?」
すぐに追いかけたのだから、そろそろ追いついても良いはずだ。
泉は一旦足を止めれば、辺りを見回す。
その瞬間、後ろから裏路地へと引きずり込まれた。
「――このっ!」
「おっと。僕だよ。君の蹴りは痛いから出来ればご遠慮願いたいんだけど?」
その懐かしい声と物言いに、泉は改めて男の顔を見る。
やがて月の光に映し出されたその顔は、泉が3年間探し求めていたその男だった。
「――槙島先生。」
「おや。呼び方、戻しちゃったのかい?」
残念だなと言う彼は、3年の月日を感じさせない程あっけらかんとしていた。
「どうして――。」
言いたい事はいくらでもあったはずなのに。
実際に彼を前にしては、言葉など何の役にも立たないと泉は思った。
「――3年前、君の前から姿を消した理由が知りたいのかい?」
泉の心を読んだかのように、槙島はゆっくりとした声音で問う。
「どうして――、何も言わずにいなくなったのですか?私はもういらなくなった?」
これでは親に置いて行かれた子供のようだと思う。
否――、違う。きっとこの男に感じていたのは、家族愛に近いものだったような気がする。
3年前も今だって、何故か昔から知っているような気がしてならないのだ。
彼が自分の名前を呼ぶのは、昔から当たり前であったかのように。
「――泉。僕はね、君が世界で一番大事だよ。」
知らない内に泣いていたらしい。
流れていた涙を拭って、槙島はそっと泉を抱き締める。
「なら何故――!」
「まだ君と僕は出会うべきじゃない。君に取って僕が必要になったら戻って来るよ。」
「分からないわ、槙島先生!先生のやろうとしてる事って――!」
泉も佐々山と同じ事を感じていた。
この綺麗な男は、今までたくさんの人間を殺めて来たのだろう。
けれども彼はドミネーターで裁けないと、泉は知っていた。
「もうじき夜が明ける。これはイレギュラーな再会だよ、泉。」
「槙島、先生――!」
その瞬間、泉は意識を失った。