第35章 過去編:名前のない怪物
「――日向チャン?大丈夫か?」
様子が可笑しい泉に、佐々山は声を掛ける。
その呼びかけにハッとすれば、泉は平静を装いながら言う。
「――佐々山くん。瞳子ちゃん、お願いして良い?」
「え?」
「用事を思い出したの。30分待って戻らなかったら先に戻って。」
「日向チャン!一人じゃ危ね~だろ!」
走り出した泉の後姿に叫ぶが、泉はそれを振り切って再び廃棄区画へと姿を消した。
「――さっきのヤツ、何者なんだ?」
佐々山が今まで見せた事の無い真剣な顔で、瞳子に問う。
「はぁ?知らないわよ。今日初めて見たんだし。」
訝しそうな瞳子の答えを聞きながら、佐々山は呼吸を整えた。
鼓動が速まり、皮膚は泡立つ。本能が危険を感じている。
今、自分達の横を通り過ぎて行った銀髪の男からは、明らかに血の匂いがした。
それも一人ではない何十人もの、人間の血の匂い。
恐らく泉もそれを感じ取ったのだろう。
佐々山は一人だけで行かせた事に、改めて後悔をした。
これは怒られるのを覚悟で、狡噛に連絡を入れなければならないだろう。
「こちらハウンド4!シェパード2、聞こえるか?」
瞳子に上着を着せながら、佐々山はデバイスを取る。
『こちらシェパード2!遅いぞ。何をやってる?』
「悪い。今、女子学生を一人保護した。それとシェパード0が一人である男を追ってる。」
『何?!泉が?』
「そうだ。とにかくすぐに行く。そっちにこの子を預けたら俺が追いかける。」
『さっさと来い!俺も行く!』
半ば打ち切られるように消えたデバイスに、佐々山はやれやれとため息を吐く。
「怖い怖い。女が絡むとこれだよ。」
「日向先輩、大丈夫なの?先輩みたいな人が一人でうろついたら危ないんじゃあ――。」
瞳子の台詞に、佐々山は呆れたようにため息を吐く。一応ここが危ない場所だと認識はあるのかと思った。
「あのなぁ。それを言うならお前はなんで一人でここにいるわけぇ?危ないの分かってんだろ。”日向先輩”でさえ危ないと思うんだろ?なら戦闘訓練も受けてないただの女子高生の自分に取っては超危ないって分かるよな?」
「――超、とか古い。」
ぐうの音も出ない程責められ、瞳子は泣けなしの抗議をした。