第35章 過去編:名前のない怪物
数年振りに訪れた母校は哀しい程に変わっていなかった。
排他的だと心の底から思う。
どれだけ世の中が進化しようとも、この学園だけはそれを拒んでいる気がした。
「泉?」
「何でも無い。今、行くわ。」
カツンとハイヒールを鳴らせば、泉と青柳は校舎の中に進んで行った。
スーツを着た女性二人は、酷く目立つ。
泉は視線を鬱陶しそうに避けながら職員室を目指せば、ふとある部屋の前で立ち止まる。
「――ここ。まだあるのね。」
「泉?どうかしたの?」
少し先を歩いていた青柳は、不思議そうに足を止めた泉を見る。
「――少し先に行っててくれる?すぐに追いつくわ。」
その言葉に、青柳は少し考えて頷けば再び歩き始めた。
その場に取り残された泉は、そっと美術室の扉を開ける。
中には夕陽に照らされた一人の男性がいた。
「――貴方、は。」
一瞬夕陽が顔にかかって、ある男を彷彿させた。けれどもすぐに見えた顔に別人だと悟り、そしてその男が藤間幸三郎その人だと泉は瞬時に気付いた。
「こんにちは。貴方は?」
「――ここの卒業生ですわ。」
「あぁ、そうでしたか。ひょっとして美術を専攻してらしたとか?」
殺人犯の容疑者には思えない愛想の良さで、藤間は泉に話し掛ける。
泉は出来るだけ平静を装って男に近付いた。
「いえ。でも趣味で絵を描いていたので。良くこの部屋にいたんです。」
「そうですか。お名前をお伺いしても?僕はここの教師・藤間幸三郎と言います。」
「日向泉と申します。藤間先生。」
泉が名乗れば、藤間はニッコリと笑って見せた。
その時、後ろから瞳子が現れた。
「藤間先生!――日向先輩?」
「あら、瞳子ちゃん。覚えていてくれて嬉しいわ。」
泉がニッコリと笑えば、藤間は先程までの笑みを消した。
「桐野くん。お客様の前だ。控えなさい。」
「す、すみません。」
「私はこれで失礼しますので、お構いなく。では。」
泉がそう言えば、藤間の視線だけがいつまでも追い掛けて来るようで泉は不快に思った。