第35章 過去編:名前のない怪物
翌朝、再びプラスティネーションを使った死体が見付かった。
結局2時間経つ前に緊急招集で呼び出された泉と慎也は、大会議室へと姿を現した。
「おはようさん。二人ともスーツ昨日のままだな。帰れなかったのか?」
声を掛けて来た征陸に、慎也は頷く。
「終わったのが2時間前でな。戻るよりは仮眠を取ったよ。」
「そうか。まぁ、お前さんは体力あるから大丈夫だろうが泉ちゃんは大丈夫なのか?」
心配そうに言われて、泉はニッコリと笑った。
「大丈夫よ。意外と体力あるの、私。」
「監視官の鏡だねぇ、泉ちゃんは。」
そんな話をしていれば、捜査会議が始まる。
壇上で説明をしている霜村を見ながら、泉は横の写真へと目を移した。
殺し方が異常過ぎるのだ。
人間の一生はその死に様に現れると言う。
けれども果たしてこの二人の人間は、こんな末路を辿るような人格だったのだろうか。
鋭い視線になっていたのだろう。
気付けば霜村の鋭い視線が刺さって来て、泉は慌てて視線を外した。
「何か?日向監視官。」
そら来た、と泉は思った。
霜村監視官は優秀な人間だと思うが、どうにも出世欲が見え見えのところが泉は馬が合わないと感じていた。
「いえ。二人目の被害者について、説明されるかと思いまして。」
泉の切り返しに、霜村も内心舌打ちをした。
歴代類を見ない成績で公安局に入って来た女の噂は聞いていた。
係が違えど同じ公安局である。
耳に入って来るのは彼女を賞賛する声ばかり。
霜村は少しだけ泉の存在を厄介視していた。
それに加えて、彼女は狡噛監視官と恋仲らしい。
厄介な人間同士がくっついてくれたものだと内心ごちていた。
「そのことだが、日向監視官。一つ、君達一係に調査して欲しい事がある。」
霜村の声色が変わった事に、泉は気付く。
「彼女、今朝、設営途中のアイドルコンサートのステージ上で発見されたんだが、方々手を尽くして調査しているにも関わらず、未だに身元が分からないんだ。」
「身元が分からないなんて、今時そんな事があるんですか?」
横から慎也が思わず口を挟む。
霜村は小気味良さそうに二の句を継いだ。